使えない上司・使えない部下

2018年3月13日

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吉田典史 (よしだ・のりふみ)

ジャーナリスト・記者・ライター

ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年から、フリー。
主に、人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。『悶える職場』(光文社)、
震災死』『あの日、「負け組社員」になった…―他人事ではない“会社の落とし穴”の避け方・埋め方・逃れ方』(ダイヤモンド社)『封印された震災死』(世界文化社)など。

 今回は、中央大学教授の磯村和人さん(53歳)を取材した。磯村さんの専門分野は経営学や社会学。現在は専門職大学院(国際会計研究科)で主に戦略、組織変革、リーダーシップなどマネジメントを教える。

(jaimax/iStocl)

 磯村さんは、1984年に放送されたドラマ「中卒・東大一直線 もう高校はいらない!」(TBS)のモデルとなった家族の一員である。当時、中学校などで行われていた管理教育に抵抗する、磯村家の奮闘を描いたものだ。俳優の菅原文太さんや坂上忍さんが親子役で、敵対する中学校の教師役として長塚京三さんが出演し、大ヒットした。

 1970年代半ば~80年代にかけて、特に公立中学校では校内暴力が吹き荒れ、生徒の非行や犯罪が社会問題になっていた。文部省(現 文部科学省)は、全国の教育委員会などを通じて管理教育を徹底させていた。生徒の髪形や制服、持ち物などまで管理するものだった。教師による体罰も「指導」の名のもと、エスカレートしていた。管理教育のメッカといわれていたのが、愛知県だった。

 豊橋市(愛知県)で英語塾を経営していた磯村さんの父親・懋(つとむ)さん(2003年に67歳で他界)は、管理教育が子どもの正常な学習や学びを妨害すると考えていた。

 磯村さんの兄と磯村さんは父親と話し合ったうえで、私服で公立の中学校に3年間通学した。「制服は、管理教育の象徴」とする父の教えでもあった。中学校は内申書をちらつかせ、制服を着させようとした。2人が制服を着ることは、1日もなかった。

 2人は、高校に進学をしない選択をした。内申書をいわば、人質にして従わせようとした中学校への抵抗でもあった。父の勧めもあり、当時、世間ではあまり知られていなかった大検(文部省認定大学入学資格検定試験)を受験し、1年で合格。その後、兄は1982年に東京大学理科3類(医学部)へ、磯村さんは1983年に京都大学経済学部にそれぞれ現役で入学した。

 今回は、磯村さんに父親の磯村懋さんについて伺った。「管理教育と闘う父」として世間で知られた親をどのように見るか。中学校との闘争から40年近くがたった今、経営学者として父親や当時の管理教育をどうとらえるか。そこに、本連載のテーマである「使える人材・使えない人材」のヒントがあるのかもしれない。

 磯村さんの父親は、中学校との闘いや子どもたちへの教育を著書「奇跡の対話教育―高校へ行かないで、東大・京大に合格するまでの記録」(光文社)に書きあげている。子どもの学びとは本来、どうあるべきかを磯村家での実体験をもとに訴えた。

「あれが教師の言うことか!」

 父は意志が強く、ブレない人でした。明確な考えを持ち、首尾一貫していました。責任感や使命感も強く、「独立自尊」という言葉がふさわしい感じでした。一方で、よく考え抜き、準備を抜かりなくして行動をとっていたのだろうと思います。あの頃(1970年代後半)、兄や私が通学していた中学校の管理教育への抵抗も、父としては決して思いつきや衝動的な行動ではなかったのでしょう。

 今、会社に勤務されている方は、私の父のようにはならないほうがいいと思いますよ…(苦笑)。もし、父のようになるとご本人もご家族も大変なことになるかもしれません。

 自分の考えや思いを大切にし、筋を通そうとすると敵が現われるかもしれませんね。そこで多くの人は、ある種の妥協をして生きていくのではないでしょうか。おそらく、父はそれができなかったのだろうと思います。ただし、父は慎重なタイプですから、家族を養えるだけの経済的な基盤をきちんと固めたうえで行動をとっていました。中学校と闘っていたときも、それ以前もそれ以降も、私たち家族が経済的に特に困ることはなかったのです。

 父の中学校の管理教育への抵抗は長男である、私の兄(東大医学部卒、現在、精神科医)が地元の公立中学校に入学する直前から始まったのです。兄が卒業する小学校に中学校の生徒指導などの教師数人が現れ、保護者を前にした説明会で厳しいことを話したようなのです。

 教師たちは「皆さんのお子さんが中学校に入学したら、不良にならないように、私たちはビシビシと厳しく指導していく」といった意味合いのことを言ったそうです。あの頃、中高生の非行が増え、校内暴力が多かったのです。教師としては、管理教育をすることを親たちにあらかじめ伝えておきたったのかもしれませんね。

 説明会から帰ってきた父は、「あれが教師の言うことか!」と怒っていました。教師の話を保護者や生徒への「脅し」と受け止めたようです。もともと、反骨精神が旺盛でした。一部の体育会のように上下関係が必要以上に強いことに抵抗感を持つタイプなのです。軍隊のような厳しい規律がある組織も、好意的に見ていないようでした。父は父親(磯村さんの祖父)が県立の進学校の英語教師ということもあり、若いときから教育に思い入れが強かったのではないかと思います。英語塾を経営する自分の教育にも自信をもっていましたから、中学校の教師が校則で生徒を縛る姿勢に疑問を感じたのかもしれません。

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