2024年4月25日(木)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2011年2月10日

 小さな声で、少し照れながら。その様子は先ほどと打って変わって、24歳の控えめでシャイな青年僧そのものだった。

 2008年、カルマパ17世は、インドへ亡命後初の外国訪問として米国を訪れ、熱狂的な歓迎を受けた。今後、若きカリスマが活動の舞台を広げ、国際的な人気をさらに高め、それにつれ、中国政府の「懸念」が強まるであろう。このときはそう思っていた。

カルマパは本当にスパイなのか?

 あのカルマパ17世にスパイ疑惑。個人的には信じたくない話だが、捜査はまだ継続中で、最終的な結論が出るのはもう少し先である。

 身辺から人民元を含む多額の外貨が見つかったことは、カルマパ側の説明のとおり、「お布施」だとも考えられる。しかし、側近がダラム・サラ周辺、数百カ所の土地を他人名義で購入していたことや、カルマパ17世自身が、09年、香港で中国当局関係者と接触したという情報を聞くと、懸念が頭をもたげる。

 チベット亡命政府はこの疑惑を否定し、ダラム・サラのチベット人ら数千人は、カルマパ17世の潔白を信じることのアピールをすべく、寺院まで行進した。

 今回の件では、インドメディアは、やや先走った感のある情報と、カルマパ17世側に厳しい「当局者のコメント」等が紹介された記事が目立った。一方、欧米メディアは、カルマパ17世が面会したジャーナリストに、「自分は外の世界をまったく知らない」と、不満ともとれるコメントをしたことなどを紹介し、ややカルマパ寄りの報道をしている。

 インド政府関係者はいう。

 「現代っ子のカルマパ17世が、ヒップホップやアニメ、ビデオゲーム好きだという噂も聞こえて来ていた。他愛ないこととも思えるが、われわれには、一日も早く、あの偉大なダライ・ラマのような指導者に育ってほしいとの思いがあり、少し気がかりではある」

 異教徒がほとんどのインドにあっても、ダライ・ラマ14世の人気は絶大だ。

 法王の訪れるところ必ず黒山の人だかりができる。これは、長年、法王と亡命チベット人を支えてきたインド社会が、法王に対し揺るぎない信頼を寄せている証でもある。当然だが、カルマパ17世に対しては、同じ盤石の信頼が築かれているとはいえない。

 一方、2年ほど前から、ダライ・ラマ14世法王とチベット亡命政府は、「一般の中国人との交流促進」を世界中で進めてきた。日本でも、在日チベット人と在日中国人との交流会が催され、法王来日の折には、中国人識者や学生とのセッションの場も設けられた。

 この頃から、ダラム・サラへの中国人訪問者も増え、それに伴う、中国側のスパイ流入を、インド当局がことさら強く警戒していたという事情もある。さらに近年、中国が、インド国内の共産主義勢力を通じ、ダラム・サラ周辺のインド人社会への工作を強めているのではないかとの情報も飛び交っていた。

 昨今、ともに世界への影響力を増しているインドと中国。半世紀前の国境紛争後、4000キロもの国境線は表向き休戦状態だ。両国間の貿易や旅行者の行き来は飛躍的に伸びているが、その一方、インド国内には、「数年後、中国との戦争が不可避か」との声もある。


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