オトナの教養 週末の一冊

2018年3月30日

»著者プロフィール
著者
閉じる

東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

 癌を撲滅する方法がないなら、癌と共に生きる方法を探せばいいのでは、と考えた科学者たちの新しいアプローチは、かなりシンプルだ。アスピリンと重曹である。

 <ここに一つの皮肉が存在する。製薬業界は毎年、抗癌剤治療と癌免疫学に巨万の投資をし、そこから利益を得ているという皮肉だ。過去数十年にわたる癌の進化についての研究から言える、いまのところ最も有望なアドバイスは、癌を根絶しようとするのではなく、抗癌剤治療を控えめにして患者が癌と共に生きられるようにすることだろう。そして、考えられうるありとあらゆる化学物質の中で最も効果の見込みのある二つの物質が、驚くほど安く買えることは覚えておいて損はない。>

 著者によると、アスピリンの作用機序はまだ解明されていないし、重曹のアプローチはマウスへの投与にとどまっている。とはいえ、癌の進化という概念を取り入れて、癌の素顔がかなりわかってきた現在、癌と共存するという考え方が理にかなっていることは、本書を読めば腑に落ちる。

これまでの薬や治療法を否定するのは難しいが……

 アルツハイマー病も同じである。政府や製薬業界が巨額の資金と時間を投じてきた薬や治療法を否定するのは、タイタニック号の進路を変えるよりむずかしい。

 著者は、従来の「アミロイド仮説」を覆し、「感染症原因仮説」を推す。進化の視点から病気の道すじを洗い直し、新たな治療法を模索する研究者たちや、藁にもすがるかのように臨床試験に参加する患者たちの姿を見せることで、率直な議論を呼びかける。

 <これまで異端と呼ばれていた科学者たちに目を向けて、彼らを舞台の袖から中央ステージに引っぱり出し、進化が人体に与えた盲目的なデザインに対して生物学の第一原則から議論し直すときがきた。>

 もはや一刻の猶予もない。そう書きのこした70歳のジャーナリストの熱情と、それを裏打ちする科学的な態度に、すがすがしさを感じた。
 

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

関連記事

新着記事

»もっと見る