赤坂英一の野球丸

2018年4月18日

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 サッカーに興味があるのとないのとにかかわらず、またスポーツマスコミが正しい決断だと賞賛しているのとは裏腹に、まだ多くの日本国民が腑に落ちない思いを解消できないでいるのではないだろうか。なぜ日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督が突如解任され、前技術委員長の西野朗に取って代わられなければならのかったのか、について。

(Yestock/iStock)

 日本サッカー協会の田嶋幸三会長は9日の記者会見で表向き、「選手とのコミュニケーションや信頼関係(の問題)が出た」からと説明している。が、ハリルホジッチはすでに3年間も日本代表を率い、6大会連続のW杯出場を決めた指揮官だ。「選手とのコミュニケーション不足」なら、過去の外国人監督にもたびたび指摘されてきたこと。その程度の問題が、ロシア大会の2カ月前という非常に切羽詰まったタイミングで首をすげ替える理由になったとは、とても思えない。

 大体、「コミュニケーション不足」だったとは、選手の誰と誰との関係を指して言っているのか。例えば、川島永嗣は自身のブログで「2カ月後に迫っているW杯を3年間共に目指してきた監督と一緒に戦えなくて心から残念に思う」と、ハリルホジッチへの感謝と解任に対する無念の思いを、このように切々と綴っている。

 「ヴァイッド(筆者注:バヒド)の要求は僕にも厳しかった。褒められたことは一度もない。代表も外された。お前は代表に呼ばれる立ち場にないとも言われた。

 でも、キャリアの中で、成長するきっかけをくれたのは、いつだって自分にNOと言ってくれる人だった。

 (中略)ヴァイッドはとても厳しかった。でもいつだって選手が成長する事を考えている監督だった。その裏にはいつも選手を想う愛があったし、ピッチの外ではお茶目なおじいちゃんのようだった」(原文ママ)

 川島と同様のコメントをしている選手は、長谷部誠や槙野智章など、ほかにも少なからずいる。そういう選手とハリルホジッチの間に、いったいどんな「信頼関係」の問題があったのか。あったとするなら、それはハリルホジッチが重用しなかった本田圭佑、香川真司、岡崎慎司ら、一部のスター選手との間だったのではないか。もっと言えば、ハリルホジッチが彼らを日本代表から外す可能性のあったことが、協会の不興を買い、マスコミに再三批判され、ついには解任される要因になったのではないだろうか。

 言葉の壁によるコミュニケーション不足の問題が存在していた、という協会の言い分にも疑問符が付く。現に川島は、先に紹介したブログの中で、「フランス語で彼(ハリルホジッチ)が放つ言葉とその裏にどんな意図があるのか、それがわかっていた」とも述べているのだから。

 自分の理論、戦術、指導方針を選手に押しつけた監督も、何もハリルホジッチが初めてではない。1998年フランス、2010年南ア大会の岡田武史、2002年日韓大会のフィリップ・トルシエ監督は、何よりも自分で決めた選手起用に徹し、そのために三浦知良、中村俊輔のようなスターであっても敢然と日本代表から外して、ともにベスト16進出という過去最高の成績を残している。

 ちなみに、岡田は1997年10月、突如解任された加茂周監督のあとを受けて初めて日本代表監督に就任したとき、約40分間に及んだ最初のミーティングでこう言い放った。

 「おれは、おれの思い通りにやる。納得できないなら出て行ってくれ」

 そのときの心境と真意を、10年後になって私のインタビューに答え、こう語っている。

 「何の実績もなければ、カリスマ性もない。そんなぼくが選手を一つの方向に引っ張っていくには、ロジックしかなかった。その理論を押し通すために、選手たちとは一線を引きました。選手とコーチでは立場が違う。それまでは一緒にメシを食ったり、酒を飲んだりは当たり前。仲人をやる監督さえ珍しくなかった。しかし、それでは采配に情が混じる。いざというときに、外せなくなるでしょう」(月刊WEDGE2007年5月号掲載『SPORTS突き抜けた瞬間(とき)』第4回)

 この類い稀な厳しさが史上初のW杯進出、さらにフランス大会直前にカズ三浦を外す決断へとつながった。サッカー協会やマスコミの批判は十分承知の上で、「日本が勝つためには、やはりカズを外すしかないと」(同前)決断したのだ。

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