西山隆行が読み解くアメリカ社会

2018年4月20日

»著者プロフィール
閉じる

西山隆行 (にしやま・たかゆき)

成蹊大学法学部教授

東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。甲南大学法学部教授を経て現職。専門は比較政治・アメリカ政治。著書に『アメリカ型福祉国家と都市政治』(東京大学出版会)、『移民大国アメリカ』(筑摩書房)、『アメリカ政治』(三修社)、『アメリカ政治入門』(東京大学出版会)、5月に『アメリカ政治講義』(筑摩書房)が刊行予定。

 もっとも、法律上、人口統計局は集めたデータを、個人や法人などを特定可能な形で公開してはならないことになっているし、連邦捜査局(FBI)や移民関税捜査局(ICE)などの政府機関もそれらの情報にアクセスすることはできないことになっている。だが、人口統計局は国家的危機の時代にしばしばその原則を無視してきた。例えば、第二次世界大戦期に日系人の強制収容が行われた際には、日系移民についての情報が提供された。また、アメリカでも住所ごとに郵便番号が割り当てられているが、9.11テロ事件後に、郵便番号が示す地域内に居住するアラブ系アメリカ人の人数などの情報が国土安全保障省に提供されたとされている。このようなことを考えると、以後、もし反移民感情が高まるなどした場合に、同様のことが起こってしまうのではないかとの懸念が抱かれているのである。

 その結果として、アメリカ国籍を持たない人とその家族の回答率が低下するならば、そのような人が多く居住する地域に割り当てられる連邦議会議員の数や予算が少なくなる可能性がある。大統領選挙人の数についても、州ごとに連邦議会上院議員の数(全集一律2名)に連邦議会下院議員の数を加えたものと定められているので、民主党が強い州の影響力は低下することになる。逆に、アメリカ国籍を持たない人の回答率が下がれば、共和党が強い地域はより多くの議席と予算を獲得するようになる。このような問題が、人口統計調査で国籍の有無を問うことの背景にあるのである。

誰を含み、誰を排除するのか

 この問題は、連邦議会下院選挙の選挙区割りの問題にも大きな影響を及ぼす。日本では、「日本では一票の重みに差があるのに対し、アメリカの連邦議会下院の選挙では一票の差はほとんどない」と指摘されることが多い。だが、その意味するところは一般に想定されているのとは違っている可能性がある。たしかに、連邦議会下院の選挙区は、人口統計調査の結果に基づいて、人数の差が発生しないように区割りされている。ただし、人口統計調査にはアメリカ国籍を持たない留学生や移民、そして子どもの数も含まれているので、そのような人々が多い地域に居住する有権者の一票の重みは他の地域と比べると大きくなっている。

 では、仮に人口統計調査で国籍の有無が問われることになった場合、その有国籍者数に基づいて議席の割り当てが行われるようになるのだろうか。実は、これは難しい問いである。

 2016年に、Evenwel v. Abbottという訴訟が提起された。これは、原告が居住する選挙区と隣接する選挙区では居住人数はほぼ同じであるものの、投票権を持つ人数に差があること(隣接選挙区では投票権を持たない居住者が多いこと)が一人一票の原則に反するとして提起された訴訟だった。州内の選挙区割りは州政府によって行われているが、この訴訟はその区割りの妥当性を問うたのである。この判決で、連邦最高裁判所は、一人一票という原則を考える際に投票権を持たない人の数も参入して構わないとの立場を示し、非合衆国市民や子どもなどの投票権を持たない人も含めた数に基づいて選挙区割りをすることを認めている。

 興味深いのは、判例が示しているのは、一人一票の原則を考える際に投票権を持たない人の数も参入して構わないということであり、投票権を持たない人の数も含めなければならないとは言っていないことである。言い換えれば、仮に投票権を持つ人の数のみに基づいて選挙区割りが行われるような場合に、それが妥当かについては何ら判断が下されていないのである。この問題については、以後争点化する可能性があるだろう。

 また、この判例は、投票権を持たない人の数を含めることを認めているが、それには、アメリカ国籍を持っているにもかかわらず投票権がない人も含まれる。アメリカでは、連邦の選挙であっても、その投票権を定める基本的な権限を持つのは州政府であり、実際に州ごとに投票権の範囲が異なっている。

 例えば、いくつかの州は重罪の犯罪歴を持つ人に投票権を認めていない。例えば2000年の大統領選挙で共和党のジョージ・W・ブッシュと民主党のアル・ゴアが選挙結果をめぐって争ったフロリダ州は、元重罪犯の選挙権を剥奪する州である。連邦制を採用するアメリカでは、刑法も基本的には州政府が定めるため、重罪の定義も州によって異なっており、近年では合法化が進められているマリファナの単純所持も同州の刑法では選挙権剥奪の事由となる重罪に該当するとされていた。このようなことを考えると、一人一票の原則を定める根拠として投票権を持つ人だけを算入しようとすると、それには様々な技術的困難が伴うことになる。この点を考えると、全ての居住者を基に算出することにも合理性があるといえるだろう。

 民主政治を意味あるものとして機能させるためには、議席と予算を適切に配分することが必要である。そして人数を議席や予算を配分する際の一つの要素として考慮すべきという考えも共有されている。だが、その人数に一体どのような人を含むべきで、どのような人を排除するべきかについては、必ずしも十分に考察されてきたとは言えない。トランプ政権が打ち出した方針は、この問題を考える上で重要な問題を提起したといえるだろう。
 

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

関連記事

新着記事

»もっと見る