Washington Files

2018年5月14日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。現在、神田外語グループ参与。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

(iStock.com/flySnow/Purestock)

 国民的英雄として人望厚いジョン・マケイン共和党上院議員(81)が重篤な脳性がんで死の接近を自覚した上、葬儀列席予定者リストからあえてトランプ大統領を外すようホワイトハウスに伝えていたことが明らかになった。代わってペンス副大統領の出席を求めてきたという。今のところ、この件について大統領自身は沈黙しているが、共和党内での動揺は隠せない。

 ニューヨーク・タイムズとNBCテレビが去る5日、報じたところによると、マケイン議員とその親族は、本人が死去した場合の葬儀のあり方やその内容について相談した上で、ホワイトハウスに対し「トランプ大統領ではなく、ペンス副大統領に出席してほしい」旨、連絡してきた。

 さらにこの葬儀は、ワシントンのナショナル・カテドラルで挙行されること、参列者の中には、ブッシュ元大統領(共和党)、オバマ前大統領(民主党)夫妻らが含まれていることなども内定しているという。

ジョン・マケイン上院議員 (Photo by Alex Wong/Getty Images)

 マケイン議員は、海軍兵学校卒業後、下院議員をへて1987年から今日にいたるまで連続6期上院議員を務め、この間、上院軍事委員会委員長としてアメリカの国防政策立案、遂行に多大な影響力を行使してきたほか、2008年大統領選では、共和党大統領候補としてオバマ民主党候補と戦った経緯がある。

 しかし、彼が国民的英雄として一躍有名になったのは、ベトナム戦争での従軍体験だった。海軍兵学校卒業後、海軍パイロットとして北ベトナム爆撃に参戦したが、ハノイ上空で撃墜、捕虜となり、繰り返し拷問を受けるなど軍収容所で耐えがたいほどの独房生活を強いられた。この間、たまたま海軍将官だった父親が太平洋軍司令官に抜擢登用された際に、北側は“対米融和”のシグナルとして彼を釈放しようとしたのに対し、自らは「他に拘留されているわが米軍捕虜たちも解放されないかぎり、自分だけが特別待遇を受けるわけにはいかない」と頑固に拒否し続けた。結局、その5年後に戦友たちとともに解放されることになったが、帰国後、米国民に英雄として熱狂的に迎えられたエピソードは余りにも有名だ。

 そのマケイン氏とトランプ氏の二人の関係がマスコミで注目されるようになったのは、2015年、トランプ氏が大統領選への立候補を表明してからだった。

 共和党議会の重鎮でもあるマケイン氏は、同じ共和党ながら異端児的な発言を繰り返すトランプに対し「党内の跳ね上がり分子たちだけを扇動する無責任な言動はやめるべきだ」と忠告するなど批判的立場をとってきた。

 しかし、関係を修復不可能な状態にまで追いやったのは、トランプ氏の方だった。彼は、マケイン氏の戦歴に触れ、「彼は捕虜になったから英雄視されたが、私は捕虜にされなかった兵士の方を評価する。彼は英雄とは言えない」と酷評、この発言は全米マスコミでも繰り返し大きく報道された。

 というのは、トランプ氏はベトナム戦争当時、5回にわたり徴兵で召喚を受けたが、「右足かかとの小さなこぶ」の存在を示す医者の診断書をそのつど提出し、結果的に応召を免れた経緯があり、自らの徴兵拒否という不名誉な過去をも顧みずに勇猛果敢な戦士を批判したことで、国民感情まで逆なですることになったからだ。

 このトランプ発言がマケイン氏本人のみならず、家族、親族たちの心を大きく傷つけることになったことはいうまでもない。

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