WEDGE REPORT

2018年5月18日

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大西稚恵 (おおにし・ちえ)

トラベルライター・編集者

編集プロダクションに所属し、2012年より台湾関連のガイドブック・書籍制作に携わる。著書に『台湾を鉄道でぐるり』(2017年、ダイヤモンドビッグ社)がある。

現地で「生の声」を聞く

 1942年に旧日本軍の花蓮港兵事部として建てられた松園別館。琉球松で囲まれた小高い丘の上に建ち、現在はカフェや雑貨店が入るおしゃれスポットとして人気がある。松園別館の向かいには、水道局の宿舎として使われていた日本家屋をリノベーションした雑貨店があり、そこで働く邱婍媛氏が地震発生時の状況について話をしてくれた。

松園別館。花蓮は日本統治時代の建造物が多く残る(筆者撮影)

「花蓮はもともと地震が多い地域なので住人は地震には慣れています。建物の耐震基準も他の都市に比べて厳しい。それでも地震が起こったときは慌てて家を飛び出すほどの恐怖を感じました」

 建設中のホテルの屋上にあったクレーンが落下して騒ぎにもなった。松園別館は被害が少なかったが、被害が大きかったエリアは2週間ほど断水していた地域もある。被災者は義援金申請をしているが、「まだ受け取れていない」状況だという(4月24日時点)。

 花蓮の駅前でホステルを経営し、地震直後、SNSでいち早く花蓮の状況を発進した葉集豪氏によると、「地震で被害を受けた施設も2ヵ月ほどで完全に復旧した」とのこと。ホステルの4月の宿泊者数は去年に比べて約2割減で、通常の同時期と比べても明らかに少ない。2016年の政権交代による中国人観光客の減少も相まって厳しい状況が続いている。

突然の訪問にもかかわらず笑顔で迎えてくれた葉集豪氏(筆者撮影)

「日本人にとって花蓮はアクセスしづらいといったイメージがあるのかもしれないが、鉄道以外にも飛行機もあるので、美しい花蓮にぜひ遊びに来てほしい」とのメッセージをくれた。葉氏については同サイト内にて、栖来ひかり氏が記事(「台湾・花蓮の地震で見えた『日台の絆』の深まり」)を書いている。

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