2024年4月20日(土)

Wedge REPORT

2018年5月21日

人間味溢れる西郷さん

上野の西郷銅像(kororokerokero/iStock)

 自分のルーツ鹿児島にあるからと言って、私は西郷のことを何でも知っているわけではない。そもそも私自身は生後2年しか鹿児島にいなかったので、むしろ、この企画を通じて改めて西郷を知り、西郷から学ぶ機会にしようと意気込んだ。そして大量の「西郷本」と歴史本の類を読み込んで、10年以上ぶりに日本史の参考書を開いた。

 しかし、日本史の教科書に西郷はあまり出てこない。薩長同盟、鳥羽・伏見の戦い、西南戦争といった単語とともに時々出てくる程度だ。彼の一生を誰もが知っていることはない。それでも、織田信長や坂本龍馬らと並んで、歴史上の偉人で人気の高い西郷。人々を魅了するのは、激動の時代を生きたそのドラマティックな人生だけではないはずだ。

西郷隆盛(国会図書館)

 西郷はこれまで写真を残しておらず、我々がイメージするのは教科書での肖像画か、東京・上野公園にある銅像だろう。その姿は、太い眉毛と大きなお腹が印象的で、どっしりとしている。 現代の日本人が西郷にあこがれる理由の一つに、「何が起きても動じない、時代を変えた神のような」泰然自若な姿があるのは容易に想像ができる。それまでの武士の時代から大きな転換を迎えた時期に、西郷は大活躍した。様々な変化が起こる中で、周囲の意見に流されず、自分の軸をぶらさずに生きていけるだろうか――。西郷への憧憬は、現代の日本人が持つコンプレックスの投影ともいえる。

 本誌6月号では、現在放映中のNHK大河ドラマ『西郷どん』で時代考証を担当する磯田道史氏(国際日本文化研究センター准教授)に、西郷から学ぶべきリーダーシップを論じていただいた。明治維新で時代を変えた男・西郷。「スローガンに踊らない。現実を変える具体案を発表し実行する。これは現代人が大いに学ぶべき点だと思います」(磯田氏)。

 と同時に、西郷の素顔は必ずしも「神」ではなかったようだ。

 幕末維新史が専門の歴史家、家近良樹氏(大阪経済大学特別招聘教授)は、著書『西郷隆盛』(ミネルヴァ書房)において、「(西郷は)外見はいかにも豪傑風だが、その内面は非常に繊細(デリケート)であった。常に周りに目配り・気配りを欠かさない、神経の真に細やかな人物で、そのぶん涙もろかった」、「本来は多情多感ともいえる情感の豊かな人物で、人の好き嫌いも激しく、しばしば敵と味方を峻別し、敵を非常に憎むこともある人物だった。つまり完全無欠の神のような人物ではなかった」と指摘している。

 あるいは家近氏は著書『西郷隆盛 維新150年目の真実』(NHK出版新書)において、いくつかのエピソードを紹介している。無類の犬好きだった西郷は、東京での生活において犬と同じ室内で同居していたためかなり不潔であったという。猟で得られた兎や飼育した鶏を大鍋で料理し、それを真っ先に犬に与え、また高価な鶏卵を割ってご飯に混ぜて与えたり、大金を投じて鰻丼をふるまったりしたため、肥満になって猟に適さない犬がいたという。   

 また涙もろいエピソードとして、祇園の御茶屋の仲居が、出兵する西郷に「西郷はん、行かずとおくれやす、行かずとおくれやす」と縋って泣いた際も、大勢の部下がいるにもかかわらず、西郷は恥ずかしがるそぶりも無く涙声となって彼女をなだめたという。

 ほかにも本誌6月号において、西郷の人間嫌いな一面や、上司とのストレスに悩まされ体調を悪くするなど、いくつかの興味深いエピソードを家近氏に紹介いただいた。

 明治維新期に「官吏」として名を馳せた大久保利通が、怜悧なキャラクターとして知られているのと対照的に、西郷はどこか人懐こさを感じる人物である。このような個性的な、人間味溢れるエピソードに触れることで、急に西郷との距離感が縮まるのと同時に、時代を変革させたその偉業がより際立つのは何故だろうか。

 完璧なリーダーではむしろ、周囲からの信頼を得ることはできない。人間味があって、弱点がある中でも、自らの信念を貫けることこそが、西郷が偉人と言われるべき本当の理由ではないだろうか。今回の企画を通じ、西郷からそんなメッセージを感じた(ここで長州出身者に筆を戻す)。


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