2024年4月20日(土)

ベストセラーで読むアメリカ

2018年5月24日

 “The most dangerous place in New York is between Rudy and a microphone.”

 「ニューヨークで最も危険な場所は、ルディーとマイクロフォンの間だ」

 つまり、検察の手柄を宣伝する記者会見の場で、ジュリアーニ検事を押しのけてマイクロフォンの前に立つと大変なことになる、ということだ。トランプ大統領の有力な支持者の一人である大物を巡るあまりよくない逸話を絡めるあたり、トランプ大統領に対する前長官の批判的な姿勢がのぞく。

「自身がついていた嘘」とは?

 とはいえ、コミー前長官は本書で延々と、検察官として正義と真実を追及するためマジメに国民のために働いてきた経験を語る。捜査に対し嘘をついた人物に対し検察官として厳しい姿勢でのぞみ、偽証罪で多くの容疑者を訴追したことも書く。自身が私生活で軽い気持ちでついてきた嘘についても告白する。

 コミー前長官は身長が2メートルちょっとと背が高く、人からよく「学生時代はバスケットボールをやっていたんですか」と聞かれるため、面倒くさいので「ええ、まあ」とその場をやり過ごすことにしていた。法科大学院に通っていた時も仲間にそう答えていたことを気に病み、同級生に手紙を出してバスケをやったことがないのに嘘をついたと謝罪したというエピソードを披露する。そこまで、自分は嘘を許せない人間である。嘘をよくつくトランプ大統領に対し、厳しく対峙する自身の潔癖さを際立たせる。

 次の一節には、自身の潔癖さに対する自信があふれている。

 I am proud of the fact that I try to do the right thing. I am proud of the fact that I try to be truthful and transparent. I do think my way is better than that of the lying partisans who crowd our public life today.

 「自分が正しいことをすべく努力していることを誇りに思っている。誠実でかつ隠し事をしないように努めていることを誇りに思っている。私の生き方は、公的な立場にある人の多くが党派色が強く嘘をついているのに比べ、いいと思う」

 その書きぶりは確かに誠実でマジメな人なんだろうなと思わせる。大統領選のさなかにヒラリー・クリントンを妨害するかのようにFBI長官として、ヒラリーを巡る捜査について記者会見を開いた経緯についても、本書の説明を読むとコミー前長官なりの理屈と判断があったことが分かる。決して党派的な考えからトランプ大統領の誕生を助ける意図はなかったことを明確にしている。

 自分が常に政権から独立した立場でモノ申してきたことを示すため、息子ブッシュ政権で司法省副長官として働いた時の経験についても詳しく書いている。アメリカでおきた2001年9月11日の同時テロのあと、CIAは拘束した容疑者たちから供述を引き出すため合法的に拷問を繰り返していた。CIAは司法省から拷問が合法的なものであるとのお墨付きを得たうえで、水責めなど肉体や精神的な苦痛を与える尋問を実行した。

 2003年から2005年にかけて司法省副長官として働いた際、筆者は従来の拷問に関する法解釈を撤回し不適切な尋問手法をCIAにやめさせるよう動いた。その過程で、当時のチェイニー副大統領らテロとの戦いを推し進めるブッシュ政権の幹部たちと対立したという。特に、人権を無視するチェイニー副大統領らのことを強く非難している。

 アメリカでは肉体や精神にダメージを与える尋問であっても、法的には拷問に該当しないという。アメリカの法解釈では、severe(重大な)ダメージを与えないと拷問にはならないという。この法解釈のグレーゾーンを利用してブッシュ政権では合法的に拷問を繰り返してきたという。マジメな元FBI長官の回想はトランプ大統領だけでなく、ブッシュ政権の暗部もはからずもあぶりだす。


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