Washington Files

2018年5月27日

»著者プロフィール
著者
閉じる

斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

(iStock.com/flySnow/Purestock)

 世界注視の米朝首脳会談の開催をめぐる混乱が続いている。その背景には、アメリカの要求する「北朝鮮非核化」と、北朝鮮が意図する「半島の非核化」という決定的な立場のギャップがある。この大きな断層に対処するためには、両国のみならず、日韓中露をも加えた6カ国による協議の復活が求められる。

 トランプ大統領はなぜいったん「会談中止」の決定に至ったのか―その重大なヒントが、実は、さる5月7日〜8日の両日、中国・大連で行われた習近平国家主席と金正恩朝鮮労働党委員長との2回目の首脳会談で、金委員長自身が北朝鮮側の立場を説明する際に語ったとされる言葉の中にある。

25日、米朝会談中止を報じる韓国の朝鮮日報(Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images)

 中国国営新華社通信が報じたものだが、それによると金委員長は以下のような、2つの点を強調した:

  1. 「わが国の核兵器計画に対する自分の立場は、わが父(故金正日朝鮮労働党総書記)、わが祖父(故金日成国家主席)の意向に沿ったものである。金日成国家主席と金正日総書記の遺志と軌を一にした半島非核化に取り組んでいくのがわれわれの一貫した立場だ」
  2. 「もし、韓国および米国が平和実現のために前進的で同時進行的な措置をとるとともにわれわれの努力に善意で応えるならば半島非核化の問題は解決できると断言できる」

 まず第1点だが、注意喚起が必要なのは、金氏が「半島非核化」という言葉を使い、北朝鮮単独の核廃棄に言及しなかったという事実だ。「半島」には明らかに、北朝鮮だけでなく韓国が含まれている。

 ところが、トランプ・ホワイトハウスは最初から「半島非核化」を首脳会談での協議の対象にせず、「北朝鮮の核廃棄」だけを主張してきた。

 さらに2点目として、金氏は、この「半島非核化」に関連して、韓国と米国に対し、前向きで同時進行的な措置を取るよう求めている点も見逃せない。つまり、米側が経済制裁緩和や経済援助の見返りとして北側に対し一方的に要求してきた核廃棄だけではなく、米韓両国に対しても「非核化」のための応分の約束を求めているのだ。

中国は、なぜ「金発言」の公表に踏み切ったのか

 新華社通信の引用は「同時進行的な措置」の具体的内容ににまでは触れていないが、ワシントンの軍事専門家の間では、これまでの北朝鮮側の公式論評などから、米軍が韓国に対して提供してきた「核の傘」、さらにこれと関連する在韓米軍の存在見直しを北側が求めているとする見方が有力だ。つまり、北側にとっては「核の傘」の見直しおよびこれと密接な関係にある在韓米軍の縮小または撤退も必要な「非核化」措置だということになる。
 
 金氏によるこの2点の指摘は、米韓のみならず日本にとってもとうてい受け入れられるものではない。なぜなら、もし北朝鮮側の要求通りの「半島非核化」がいずれ実現したとしても、金正恩独裁体制が温存された場合、将来的に、圧倒的な通常戦力による「南進」の脅威に韓国がさらされ、北東アジア全体の軍事バランスに深刻な動揺をきたすことになるからだ。

 にもかかわらず、金氏が6月に予定された米朝首脳会談に先立って行われた習近平国家主席との会談で、あえてこれらの点を指摘したのはなぜなのか、なぜ中国がこの時点で、アメリカ側の反発を招くことを承知の上で新華社通信を通じて特定の「金発言」の公表に踏み切ったのか。果たして中国は、北朝鮮の立場に理解を示し、世界に向けて「半島の非核化」の重要性をアピールする意図があったのか―これらは大きな謎といえる。

 ただ、はっきりしているのは、この「中朝首脳会談」を契機に、それまで米朝首脳会談開催に楽観的だったトランプ大統領の姿勢に微妙な変化が生じたことだ。

関連記事

新着記事

»もっと見る