中国という鏡に映った日本人の自画像

2018年5月30日

»著者プロフィール
閉じる

樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

国の防衛と治安を外国勢力に頼りきる清国に、「戦の沙汰もカネ次第」という現実を見せつけられた日本の若き侍は何を思ったか。⇒前篇から読む

iStock.com/voyata

上海の街が不衛生極まりなかったワケ

 当時の上海の人口は「三万六千余人ト云」うが、これに太平天国軍の侵攻を逃れ上海に逃げ込んだ多くの人々が加わるはず。一方、「年中在留ノ夷人一万五千余人アリト」のことだから、外国人もまた少なくない。

 市街には井戸は3,4カ所あるだけで、多くは川の水を利用する。だが濁り切っていて飲用には不適であり、明礬で汚物やら泥を沈殿させ、その上澄みを口にする。「是我国ノ人居留民難渋ノ第一ナリ」というから、生活用水が大問題だったわけだ。郊外の土地は痩せているうえに「田畠ノ様子ヲ見ルニ作リ方疎漏ニシテ草ヲ除ケス。荒所多シ」。やはり農業もさぞや杜撰だったことだろう。

 さて問題は衛生状態である。「上海中、糞芥路ニ満チ、泥土足ヲ埋メ、臭気鼻ヲ穿チ、其汚穢言フ可ナラス」。中国人に尋ねてみたら、アヘン戦争敗北の結果として結んだ南京条約で上海が開港されて以降、経済繁栄に反比例して上海の街は汚くなっていったと解説してくれた。そこで峯は、中国人というものが目先の利に奔り、「農業ヲ切ニセス、不浄ヲ棄テ田畠ノ肥ニ用ヒサルヨリ自然路傍ノ尾篭ニナリシモノナリ」と考える。

 日本のように糞尿を畠の肥料にして作物を育てればいいものを、目先の損得に奔るから、街路が不衛生極まりない状態になっても知らん顔だ。やがて「悪病ノ流行スル、腐敗ノ気、是カ害ヲ為スコト最モ多シ」。そこで毎年炎暑の時節には必ず疫病が大流行し、多くの死者を出す。街路の衛生は些末なことのようだが、「人命ニ拘ルコトナレ」ば、国家の指導者は十二分な対策を考えるべきだと、峯は強調する。

 「土人目前ノ利ニ走リ」、土地を荒廃させ環境破壊も日常化している情況は、まさに21世紀初頭の現在にも通じているだろう。ということは、中国人は環境・公衆衛生面に関する限り19世紀半ばから進歩がないということだろうか。そういえば習近平政権は都市部の公衆便所の改善に乗り出したようだが。

関連記事

新着記事

»もっと見る