あの負けがあってこそ

2018年6月1日

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 全力で戦ったのに、何もできないまま終わってしまった悔しさや情けなさが溢れ出し、応援に来てくれた人たちとの残念会で菊野は感情むき出しに泣きまくった。

 「UFCは独占契約なのでUFCと契約をしていると他では試合ができません。ディエゴ・ブランダオンに負けてからは試合がなく収入もありませんでした。その間、解雇されるんじゃないかと怯えながら生殺し状態のまま時間が過ぎました。僕には幼い子どもが二人います。家族の生活があります。試合のない間はすごく不安で怖くて夜眠れなくなりました」

(撮影:筆者)

 菊野は格闘家であり自らのマネジメントを行う会社の経営者でもある。試合収入がない中でも給与の支払いや家賃その他、会社を維持していかなければならない。

 菊野の戦いはリングの上だけではなくなった。それまで以上にパーソナルトレーニングの指導を増やし、何かしら収入に繋がるものはないかと動き回った。

 「試合がないということはスポンサー収入もないということです。僕に給料はありませんが、社員にはきちんと支払わなければなりません。当時は何百万という借金を抱え、いつもそれを返す方法を考えているような状態でした。あの頃は先がまったく見えなくて怖かったです」

 菊野はディエゴ・ブランダオンの敗戦から半年後にUFCを解雇された。

 試合にも出られず、借金は膨れ上がるばかり。そのうえ人間関係に苦しんでいたことも重なって、格闘家人生の中で一番苦しい時期だったと菊野は振り返る。

メンタルコーチングで「勝ちを手放すこと」を知った

 その絶望の淵から復活を遂げたきっかけはメンタルコーチングを受けたことだった。

 メンタルコーチングとは、鍛えるトレーニングとは異なり、内面にあるものを引き出し導くことにあるという。菊野が何を望み、どうありたいかなどを引き出し、それらを整理し理解しながら思考を深めていくという作業を行っていった。

 「メンタルは強いと思っているので興味はなかったのですが、藁にも縋るような思いで受けてみたところ、自分の内面を理解することによって、焦りとか混沌としていたものがひとつずつ解決されていきました」

 「僕がなぜ何もできないまま負けたのか、それは勝ちたいゆえに攻められなかったということが理解できたのです。ならばどうしたら勝つことができるのか、その答えも見えてきました」

 「それは『勝ちを手放すこと』です。メンタルコーチングの考え方は、勝ち負けというのは結果であって、結果は『未来』のことです。『未来』というのはコントロールすることができません。僕がどれだけ練習を積んで準備をして臨んでも、相手が強かったり、僕の調子が悪ければ負けることがあります」

 「だからコントロールできない『未来』を手放して、コントロールできる『今ここ』に集中することです」

 「そうすればパンチがくればよけられる。相手の顔があれば殴れるんです。それは自分がコントロールすることができるので、そこだけに集中することです」

 「勝ちたい、勝ちたいという気持ちはコントロールできない『未来』に囚われていることであり、『今』が疎かになっていることに他なりません。だから、相手にバンッ! とやられてしまったのです」

 「試合直前までは未来の準備をするのですが、始まってしまえば勝ち負けを手放して『今ここ』に集中することです」

 「そう思えるようになってからは負けなしの連勝中です」

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