あの負けがあってこそ

2018年6月1日

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 さらにメンタルコーチングを受ける過程で大きな教示を受けた。

 「自身の中で嫌だと思って蓋をしているものや、見ないようにしているもの、やりたくないものの中に、今の自分を妨げている要因のヒントや答えが隠されているかもしれない。その蓋を一度開けてみたら」というものだ。

 極真空手時代は筋力トレーニングを行っていたが、総合格闘技に転向してからは戦いに直結しないようなウエイトトレーニングを行ってこなかった。また、走り込みによるスタミナアップにも否定的で、常に実践的な戦いによってのみ鍛え抜いてきていたのである。

 「いくら練習でバーベルを上げたり、走り込んでも勝てるわけではありません。僕は戦ってスタミナを付けたいし、戦いの中で培ったものでなければ勝ちにつながらないと思っていました。無駄が嫌いなので僕は戦いに直結しないトレーニングはやってきませんでした」

 その菊野が、「嫌だ」としていた蓋を開けフィジカルトレーナーの門を叩いてみると、いわゆる筋力トレーニングではなく、脳を鍛えるトレーニングを勧められた。それは瞬間的な反射神経と瞬時に判断する思考能力を鍛えるものだった。

 「もしも僕が筋力的に負けているならばパワー系のトレーニングを取り入れたと思うのですが、僕は体力負けをしていないので必要ないと判断されたのでしょう。僕に課されたものは俊敏性と瞬発力、脳のトレーニング、視野のトレーニングでした。これが良い結果として出てきました」

 「どん底状態でメンタルコーチに出会って、元々自分が持っていたパフォーマンスを発揮することができるようになり、なおかつ、今までの自分にはなかったものを受け入れてバージョンアップすることができました。これが今の僕を作った大きな改善点でした」

戦いを通して社会に良い影響を与えたい

 菊野は2016年に所属ジムを離れ、そこからは何事も自分で決めて自分でやる人生を選択した。そしてさらなる高みを目指した。

 同年、総合格闘技の『DEEP』に出場し、その後『巌流島』で連勝を続けている。

(提供:菊野さん)

 『巌流島』とは、「立ち技にこだわり、世界最高峰の打撃格闘技を追求する」「公平な異種格闘技戦の実現」「武道とエンターテイメントの融合」をコンセプトに掲げた異種格闘技戦を主とした武道イベントである。

 「僕はUFCを頂点にしたMMA(総合格闘技)の枠の中にいて、そこで1番になりたいと思っていました。ですが、僕が本当にやりたかったものはそこではないことに気づきました。僕は武道、武術のおかげで36歳の現在が人生で一番強いです」

 「いま欲求があるとすれば戦いを通して何かしら社会に良い影響を与えたいということで、具体的には武道精神を伝え続けていくことが僕の目標です」

 「巌流島はその一つです。礼にはじまり礼に終わる武道精神を伝えるイベントで、親が子どもに見せたい格闘技を目指しています。強くて、優しくて、礼儀正しくて、相手を尊重し、相手に感謝する心を伝えていくものです」

 なぜ武道の精神にこだわり続けるのか、菊野は自身の過去を振り返った。

 小学生の頃は気が弱くて自信もなく、自分よりも弱い子をいじめて周りの子たちから嫌われてしまう自分が好きになれなかった。だから、強くなりたい。強くなって自分に自信を持ちたい。強くなって人に優しくなりたい。人から好かれるような人間になりたいと思った。

 その強さへの渇望から柔道を始め、その後、極真空手を学んだ。あくなき強さへの憧れは武道、武術を突き詰めていく道へと向かわせた。その追求の先に総合格闘技があった。

 「総合格闘技のなかでは他の選手に比べて身体能力が高いわけではありません。スピードも遅いし、パワーにしてももっと重いものを持ち上げられる選手はいくらでもいます。この先もみんなと同じことをやっていたのでは勝てなくなると思いました。それで武道、武術を研究して中国拳法や合気道を学びました。そのときに出会ったのが沖縄空手です」

 菊野が師と仰ぐ山城美智との出会いはその後の菊野の人生を大きく変えることになった。

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