WEDGE REPORT

2018年5月31日

»著者プロフィール
閉じる

樫山幸夫 (かしやま・ゆきお)

産經新聞元論説委員長

産經新聞元論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員などを経て、2015年6月から産経新聞社監査役。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

首脳会談は核放棄の〝褒美〟であるべき

 握手だけならともかく、交渉の〝入口〟で首脳会談を行うということは、その過程で米国に譲歩の意思があると北朝鮮側に解釈させ、誤ったメッセージを送ることになってしまうだろう。

 北朝鮮が、「CVIDでもリビア方式でも受け入れますから」といってきたときに、初めて首脳同士が会っても遅くはない。トランプ大統領の中止表明を受けて、金正恩が焦燥感をいだいているということが事実なら、米国の要求を受け入れを迫るチャンスだ。そうした有利な状況のなかでの大統領の〝変心〟は、兵糧攻めと聞いて浮き足立った敵にすぐに塩を送るに等しい。

 相手が全面的に恭順の意を示してきた時こそ、首脳会談を行うべきだろう。その時、初めて核放棄の意思を互いに確認し、手順、検証方法をどうするかなどについて協議し、経済協力などについて話し合いを始めるのが本来の姿だ。首脳会談はあくまで〝ご褒美〟であるべきだ。

 リビアが核放棄を決意した時は、首脳会談など一切行われなかった。米国と英国の情報機関がリビア側に圧力をかけ続け、その結果、リビアが突然、核放棄の方針を決め、その意向を米英に伝えてきた。 

 それでも首脳会談を行いたいというなら、トランプ大統領が話し合いたいのは何なのか。
本稿の冒頭、大統領は妥協を念頭に置いているのではないかと疑念を呈したが、これまでの発言が、しばしばそれを示唆している。

 今年3月9日、「取引は進行中で、合意に至れば世界にとって素晴らしいものになる」とツィート。翌日のピッツバーグでの演説では「私は(首脳会談で)すぐに立ち去るか、席に戻って世界最高の取引をなしとげるかもしれない」と述べ、いずれも妥協点を探っていることをうかがわせた。

〝即興パフォーマンス〟の危険性

 「取引」という表現には露骨な響きがあるが、レトリックだけの問題かもしれないし、筆者はもちろん、いかなる妥協、譲歩をも否定するものではもちろんない。多少の歩み寄りは問題解決に不可欠だろう。ただ、トランプ大統領が史上初の米朝首脳会談の成功で歴史に名を残そうと考えて、安易な譲歩をするのではないかと強く懸念はしている。

 米国本土に到達するICBM(大陸間弾道弾)を廃棄すれば、中短距離ミサイルは目をつぶる、とか、すでに製造した核兵器は黙認するなど、さまざまな落としどころが推測されているが、そうした妥協が現実となれば、日本や韓国の脅威は除去されないままになってしまう。

 もちろん、大統領が安易な妥協に走るという憶測の根拠はない。しかし、即興パフォーマンスというそのスタイルは大いに危惧される。首脳会談応諾が、韓国特使団との会談の席で即座になされたことを思い出すと、同じことを大統領が首脳会談でもしないとは限らない。シナリオ通りに演ずることを嫌い、補佐官らスタッフの意見に耳を貸さずに取引きする可能性は十分にある。

 政権の布陣が安定を欠いていることも不安に拍車をかけている。

 国務長官、国家安全保障担当補佐官がそれぞれ交代したばかりであることに加え、首席補佐官の更迭も取りざたされている。ポンペオ国務長官、ボルトン補佐官はいずれも、トランプ氏の信任が厚いとはいえ、十分にその手腕を発揮できるまでには至っていないだろう。なかでも、ボルトン氏は、その強硬姿勢から北朝鮮に忌み嫌われている。そんななかで、大統領が側近を無視、独断ですべてを決めようとすることは十分あり得る。その決断が吉と出るか凶と出るか。そんなバクチみたいな首脳会談は危険に過ぎる。

 米朝首脳会談が今後どうなるか世界が注目しているが、多くの人々は「史上初の会談」などという言葉に幻惑され、すぐにでも脅威が除去されるという幻想を抱いているのではないか。期待が大きければ、失望も大きい。はしゃぎすぎることなく、冷静に今後の展開をみていきたい。

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

関連記事

新着記事

»もっと見る