使えない上司・使えない部下

2018年6月12日

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吉田典史 (よしだ・のりふみ)

ジャーナリスト・記者・ライター

ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年から、フリー。
主に、人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。『悶える職場』(光文社)、
震災死』『あの日、「負け組社員」になった…―他人事ではない“会社の落とし穴”の避け方・埋め方・逃れ方』(ダイヤモンド社)『封印された震災死』(世界文化社)など。

 その頃、21歳…。ほかの新人の選手よりも、2~3歳上だった。辞めたところで、行くところもない。ただのバカだったんじゃないんですかね? ハハハハハハ…。あの頃は何が何でも強くなり、上がりたかった。ただ、強くなりたかった。同期の、田村欣子やタニー・マウス(谷山美奈)たちも同じような思いだったんじゃないのかな。2人とは同期だったから、試合では随分と激しくやりあいました…(苦笑)。彼女たちも、プロレスラーになりたくて仕方がなかった人たちだから。今の女子プロレスは、こういう選手たちは少ないのかもしれない。私よりも上の世代の井上さんとか、長与さんたちの世代の皆さんはプロレスへの思い入れがものすごく強いと思いますよ。

 長与さん? 私は試合をしたことがないんですけど、オーラ―がすごい。人をぐいっとひきつける魅力をお持ちです。話をするときに、こちらの目をきちんと見て…。その目に力があるんですよ。私が(2008年に)引退する前に、長与さんがプロデュースされる試合があって、電話をかけてこられたんです。「試合に出てほしい」と…。その場で「はい、よろしくお願いいたします」と答えました。井上さんからの電話にも、同じようになります。あの時代の女子プロって、こういう世界です。

後輩からすると、「使える先輩」ではないんでしょうね

 私? う~ん、私が後輩に電話を入れても…逃げられるかな、ハハハ。私は、後輩にやさしくはなかったから。後輩からすると、「使える先輩」ではないんでしょうね。全女の2年目のとき、後輩が入ってきたんです。この人たちが仕事をきちんとしなかった。先輩の選手のコスチュームを洗うとか、するべきことはたくさんあるんです。毎朝、みんなでバスに乗り、試合会場に向かう。私たちは試合の準備をする。その後、ホテルに戻って、雑用。大量にすることがあるから、朝までするときもある。寝ることもできないくらいですよ。体が疲れて、動けなくなる。私はプロレスが好きだったし、まじめだったから、サボることだけはしなかった。

 はじめは、私が1年目の彼女たちをフォローしていたんです。しだいに、彼女たちは数人で徒党を組んでサボるようになりました。どんどんとひどくなり、手を抜く。私が我慢して、フォローを続けていたんだけど、しんどくなってきたのです。なぜ、私がここまでして、後輩の彼女たちがこんなに手を抜くの? って。

 あるとき、私の中で何かが変わったんです。もういいやと思い、キレてしまったんです。怒ったり、殴ったりしました…。それが問題になり、全女を経営する方からお叱りを受けました。私が、彼女たちに謝ることになったんです。そりゃあ、納得ができないものはありましたよ。仕事をしない彼女たちがなぜ、とがめられないの? って。私も先輩から、同じようなことをされてきましたよ。それをなぜ、黙認していたの?

 だけど、私はプロレスが好きだった…。プロレスを続けるためには、なんでもできたから。悔しかったけど、謝りました。この時から、後輩にはあまり関わらなくなったんです。思いましたよ。自分が上に上がり、絶対に活躍し、チャンピョンになって、見返してやる、ってね。

⇒後編へ続く

  
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