WEDGE REPORT

2018年6月29日

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玉木俊明 (たまき・としあき)

京都産業大学教授

京都産業大学経済学部教授。1964年大阪市生まれ。同志社大学文学部文化学科卒。93年同大学院博士課程中退。96年京都産業大学経済学部講師、2000年助教授、2007年教授。著書に『先生も知らない世界史』『先生も知らない経済の世界史』『ヨーロッパ覇権史』『物流は世界史をどう変えたのか』など。
 

  今年5月、新日鉄住金が社名を「日本製鉄」に変更すると発表し、新聞の一面に躍り出たのは記憶に新しい。その記事の中で、恐らく多くの日本人にとって見慣れない会社の名前が現れた。3月に同社が買収を発表していた、スウェーデンに本社を置く特殊鋼大手、オバコ社である。

(Magnilion&pop_jop&ZU_09&YUAN-TI LIN/DigitalVision Vectors,Dan-Brge Pedersen/EyeEm)

  スウェーデンといえば家具メーカーのIKEA、といったイメージを抱いている読者には、スウェーデンと鉄鋼業の組み合わせを意外と思うかもしれない。しかしスウェーデンのみならずヨーロッパの歴史にとって、スウェーデンの〝鉄〟と、それを基に発展した工業は、語るに際して外すことのできない重要な存在なのだ。

  現在でも、スウェーデンはボルボ、サーブ、ボフォースといった自動車や航空機、兵器を扱う重工業メーカーを輩出した工業立国として名高い。鉱業も未だ盛んで、冒頭のオバコ社の他、国営企業LKAB社が北部の鉱山都市キルナから高い品質で知られる〝スウェーデン鋼〟を産出している。〝ダイナマイト王〟アルフレッド・ノーベルもスウェーデン出身だ。

  この〝鉄と工業の国〟スウェーデンはいかにして生まれたのだろうか。歴史を遡ると、そこにはある1人の異国の商人の姿が見えてくる。

  端緒となったのは、17世紀のスウェーデン国王、グスタフ・アドルフ(在位1611〜32年)の野望である。彼は自国の鉄資源を利用して、スウェーデンを周辺のロシアやポーランドといった敵対国に伍する強国にすべく画策していた。ところがスウェーデンは世界一と言ってよいほどの良質な鉄鉱石を産出していたものの、それを製鉄する技術は持ち合わせていなかった。そこでグスタフ・アドルフは、製鉄に長けた技術者を外国から招聘することにした。それが本稿の主役、ルイ・ド・イェール(1587〜1652年)である。

  ルイ・ド・イェールはベルギー東部のリエージュ出身だった。リエージュはヨーロッパ有数の鉄工業地帯であり、彼は故郷にて製鉄技術者として大きな成功を収め、1615年、ルイ・ド・イェールはオランダのアムステルダムに移住している。

 当時のアムステルダムは、ヨーロッパの商業の中心地。重要な商業情報が集積し、さらに多くの地域から商人が訪れていた。アムステルダムに移住したとすれば、最新の商業情報を得られるばかりではなく、重要な商人とのコネクションを持つことができたのである。おそらくルイ・ド・イェールは、商業に手を出す中でそのようなコネクションを獲得したと考えられる。名声はグスタフ・アドルフに知られるところとなり、1617年にスウェーデンの首都ストックホルムに移り住むことになった。

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