オモロイ社長、オモロイ会社

2018年7月9日

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杉浦佳浩 (すぎうら・よしひろ)

代表世話人株式会社代表

三洋証券株式会社入社(昭和62年)。鹿児島支店にて勤務。地元中小企業、個人富裕層の開拓を実施。 日経平均最高値の2カ月前に退職。次に日本一給与が高いと噂の某電機メーカーに転職。埼玉県浦和にて、大手自動車メーカー、菓子メーカー、 部品メーカー等の主力工場を担当。 退職時は、職場全員から胴上げ。そして、某保険会社に20数年勤務後、平成26年末に退社。在社中は、営業職、マネジメント職を経験して、リテール営業推進、若手人財育成を中心に担当していた。 社外の活動も活発に行っていた。平成27年1月1日、代表世話人株式会社を設立。
同社代表取締役に就任。世話人業をスタート。

 「縁起の良い場所にようこそ!」と、笑顔で出迎えてもらった甲斐亮之さんが率いるギャプライズ社は、神田明神の鳥居の内側に位置する江戸の感性漂う場所に所在しながらも、世界中の最先端テクノロジー、特にイスラエルと太いパイプをもちながら、その技術を日本に広め、提供する事業を展開しています。その代表の甲斐さんになぜイスラエルの先端技術を取り入れビジネスをスタートできたか? また、自身の起業ストーリーを中心に話を聞きました。

社長の甲斐さん(右)と、奥原さん

キッカケは圧倒的なレベルの差を目の当たりにして

 ランディングページ(以下LP)などを制作するウェブマーケティング会社として2005年に起業して4年、顧客が600社程度まで拡大しました。ここで、このまま制作を継続するだけでなく、制作したLPのweb上の可視化、制作後の結果の数値化、データ化、仮説検証等々を自力でシステムを製作する決断をしました。

 自己資金を投資して試行錯誤の約2年後、なんとか自社でカタチとなり世に出そうとしていた際に、たまたま米国のニュース記事でクリックテールを知りました。実際にクリックテールを使ってみると、そのレベルの高さに驚いたそうです。そして、クリックテールを提供しているClicktale社がイスラエルのスタートアップ企業でした。

 当時、ビジネス英語を話せる社員が1人しかいないなか、イスラエルのClicktale社へメールおよびSkypeでコンタクトを試み、どうにか同社とビジネスの話ができるようになったそうです。

 Clicktale社と代理店契約を結ぶことができた鍵は、ギャプライズの既存LP取引先が多数あったことが大きいそうです。クリックテールにしてみれば日本で取引先を保有する甲斐さんの会社と組むことで売上の増加を期待したということです。

 契約締結後は、元々取引先とグリップ力があったことも奏功し順調に売上を伸ばし、たった2年で取引社数約1200社に販売導入が実現したそうです。

 その後イスラエルを中心に、シリコンバレー、豪州等々、十数社の世界最先端テクノロジーツール企業と連携しているギャプライズ社ですが、その展開スピードはなぜ生まれたか。大きな要因は、「人の移行」と「イスラエルでの知名度」と甲斐さんは話します。

 起業の道を目指す比率も日本と比べて格段に多いイスラエルです。それは教育制度、慣習の違いもあるそうで、中等教育からプログラミングを学びはじめ、高校を出ると兵役。それから大学へ、卒業後はすぐに就職するのでなく、1~2年世界中に旅に出る。そこからグローバル企業に就職して起業の道を選択する若者が多いそうです。

 世界に対して広い視野を持ち、就社という感覚より職へのこだわりをもったイスラエルの人々。とにかくいろんな会社へ移行することから、当初スタートしたクリックテール社のメンバーもイスラエルのみならず世界各地へとアチコチに散らばって行き、そこから日本での提携先として成功体験を持ったギャプライズ社に声がかかるようになったそうです。イスラエルでの知名度も上がり、そこから世界各地に広がり今に至ります。まさに「実績」が信用となっていったモデルと感じます。

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