ヒットメーカーの舞台裏

2011年5月3日

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池原照雄 (いけはら・てるお)

ジャーナリスト

1950年生まれ。専門紙や全国紙の経済記者として自動車、エネルギー、金融、官庁などを担当。00年からフリーになり幅広い執筆、講演活動を展開。著書に「トヨタVSホンダ」(日刊工業新聞社)、「図解雑学 自動車業界のしくみ」(ナツメ社)など。

 どっしりした鋳物にホーロー加工を施した「バーミキュラ」は、野菜の無水調理や肉のローストなど多様な料理に使える。2010年2月に売りだすと、素材のうま味を引き出せるとの評判が広がった。2万3800円と高価だが、3月末時点の納品は14カ月待ちという人気ぶりだ。名古屋市で鋳造および機械加工を手掛ける愛知ドビーが、「日本の町工場だからこそできる世界最高品」を目指して開発した。

 鍋の口径は22センチと一般的なサイズだが、鋳鉄とホーローを原材料にしているため、フタを含む重量は4.2キロと重い。また、フタと本体が接する部分は、精密な切削加工によって隙間なく仕上げられており、密閉度が高い。

愛知ドビー 鋳物ホーロー鍋 『バーミキュラ』 

 こうした原材料や加工精度が、おいしい調理につながっている。つまり、鉄本来の熱伝導性の良さに加え、鋳鉄に多く含まれる炭素、さらに多層に施したホーローが保温力や遠赤外線効果を発揮するのだ。また、フタの密閉度を高めたことで素材の良さを引き出す無水調理ができ、圧力鍋のように手早く素材の芯まで火を通すことも可能とした。ガスや電磁調理器(IHヒーター)などに対応し、オーブンに入れることもできるため料理の幅は一気に広がる。

 商品化を主導したのは専務の土方智晴(33歳)で、3歳上の実兄社長である土方邦裕と手を携えて、同社初の消費者向け製品をものにした。愛知ドビーは鋳物工場として戦前に創業し、数年前に今の3代目経営陣に代替わりしたところだ。

 兄弟は大学卒業後、大手企業に勤務し、専務の土方は4年余りトヨタ自動車で原価企画などに従事した。先に家業を継いだ兄の要請で、07年末に入社した。同社は鋳造と機械加工が一貫してできる中小企業では珍しい存在であり、大手の造船や建設機械メーカー向けの油圧部品を主力としている。

22世紀も社会から選ばれる企業へ

 だが、バブル崩壊後は一進一退の業績を余儀なくされてきた。経営体制の刷新を機に、兄弟は「22世紀も社会から選ばれる企業へ」というビジョンを打ち出した。08年にはISO(国際標準化機構)9001(品質マネジメントシステム)の認証を取得するなど、弱点であったところを矢継ぎ早に補強していった。専務の土方は「社会から選ばれる企業」というビジョンでの「社会」とは、顧客、地域社会、従業員─で構成されると見ている。しかし、下請企業である限り、業績は発注量に左右され続ける。社会の構成要素のうち、「顧客」の基盤が余りにもぜい弱なのだ。土方は、ならば「直接、お客様を開拓するしかない」と、自社ブランド品の開発を社長に申し出た。入社間もなくのことだった。

 消費者向けの商品といっても雲をつかむような話だった。土方は「現存設備を使い、低リスクで作れるもの」を模索し続けたものの、開発資金が潤沢にあるわけでもなく、有力な候補は見つからなかった。無理かと思い始めた時、鋳物にホーロー加工を施した著名なフランス製の鍋を見つけた。

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