2024年4月20日(土)

オトナの教養 週末の一冊

2018年7月6日

 バブル経済が崩壊した90年代になると、論点が9条から多様化します。一つは「新しい人権」関連の環境や情報公開、プライバシー保護といった論点。もう一つが、統治制度改革をめぐる論点です。90年代に入り、オウム真理教事件や阪神・淡路大震災が起き安全神話が崩れ、薬害エイズ事件や大蔵官僚への過剰接待など官僚の不祥事が発覚するなど政府や官僚機構の統治能力の弱体化が叫ばれるようになる。

 こうした危機の時代に対応できる統治システムの構築を目指し、小沢一郎をはじめ、自民党を飛び出し新党が次々と結成された。首相の権限を強め、内閣の機能強化、首相公選制などが統治制度改革として提言されます。実際に、そうした流れを汲み、選挙制度改革や橋本龍太郎政権下の行政改革では省庁再編が行われ、内閣の強化のために内閣府が発足した。これらの改革は改憲することなく行われたが、根本的には改憲し、強力なリーダーシップを発揮できる内閣をつくるべきだ、という機運が90年代を通じ高まります。それまでの自衛隊と日米安保は違憲ではないかという議論に、上記のような新たな論点が加わった新たな改憲論が出てきます。

――90年代は、新党が次々と結成され、憲法改正にも新たな論点が加わった重要な時代ですね。

境家:政府与党だけでなく、自民党を割って出た新党、野党が改憲を唱えること自体が、それまでの時代になかった事態です。90年代から2000年代初頭にかけて、猫も杓子も改革、改憲と言い始める。ただ、こうして改憲の論点が増えてくると、憲法改正に関する世論調査の結果をどう捉えるかが難しくなる。世論調査でもっとも使われている、私の言葉で言う「一般改正質問」。これは典型的には「あなたはいまの憲法を改正する必要があると思いますか? ないと思いますか?」といった漠然と憲法改正の是非を問うタイプの質問で、具体的な論点については聞きません。一般改正質問の問題点は、9条改正に賛成の人も、新しい人権に賛成の人も、統治制度改革のための改憲を支持する人もすべて改憲派としてカウントしてしまう点です。その結果、90年代に入ると、改憲派が護憲派を上回り、この流れは2004~05年の小泉政権の末期には頂点を迎えます。

 これだけの世論の転換を目にした政治家たちは、9条改正にこだわる人は9条改正派が増えたと、都合の良いように解釈しましたが、実際にはさまざまな論点を支持する改憲派から構成されていたわけです。自民党は、05年に包括的な改憲草案を作成しますが、まさに世論の動向を見て作成に踏み切ったのです。

――小泉元首相は、改革という言葉をしきりに訴えていましたね。

境家:90年代から続く改革志向が頂点に達したのが、小泉政権です。その評価については賛否両論ありますが、実際に郵政民営化をはじめ、さまざまな改革を行いました。このことは、小泉改革を行き過ぎた改革と見なす抵抗勢力を自民党内部に生み出します。党内の抵抗勢力や、前原代表時には改憲を訴えていた民主党もこの時期から、小泉内閣による新自由主義的改革の歪みを正し、社会的な格差を是正する方向性に舵を切ります。小泉内閣が終わる頃には、90年代から続いていた体制改革熱が落ち着きを見せます。

 また小泉政権時の2011年9月11日にアメリカ同時多発テロ事件が起き、対テロ戦争が始まります。海上自衛隊のインド洋派遣など日本も協力することになりますが、問題となったのが集団的自衛権です。この時期から集団的自衛権をはじめとする安全保障関連政策、9条の問題に再び憲法問題の論点が収斂する。


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