2024年4月19日(金)

WEDGE REPORT

2018年7月14日

捜索にかける北朝鮮の意気込み

 話は逸れるが、1997年7月に行われた合同捜索に参加した米国務省の北朝鮮専門家から聞いた話を紹介したい。北朝鮮の軍の様子などがうかがえて興味深い。

 平壌の北東130キロ、朝鮮戦争有数の激戦地だった雲山近くの集落で2週間続いた捜索に、
北朝鮮は将校10人、発掘作業に当たる兵士80人、地方官憲らあわせて100人を動員する熱の入れようだった。人件費はもちろん米国の負担。米側係官は国防総省、国務省の専門家ら10人という少人数だ。

 双方の参加者はいずれも、テントを張っての〝キャンプ生活〟だったが、当時、数年続きの水害などで多くの餓死者を出す食糧難であったにもかかわらず、北朝鮮側は、米、牛肉、鶏肉、キムチなど貴重な食料をふんだんに持ち込んだ。どこで入手するのか訝った米側がさりげなく聞いてみると、軍がもつ専用の農場から調達したらしいことがわかったという。

 その時の写真をみたが、発掘作業中の遺跡を思わせる木材の足場の近くで、半裸の男性何人かが食事をし、そばで通訳らしい北朝鮮の若い女性が屈託なく笑っている姿も写っていた。

 米軍機撃墜などの目撃者を探すため、ほとんどの村人から話を聞き、遺体が埋められているとみられる場所を掘り返した。平壌近くの戦争博物館に保存されている撃墜米軍機の残骸、兵士の認識票、制服なども入念に点検した。忍耐強い努力にもかかわらず、この時の捜索では、水田近くの埋葬場所から4人の遺体が発見されたにとどまった。

 米側はジープ、日本製大型トラック、イタリア製バスなどを用意したが、品質の劣るガソリンはすぐにエンストを引き起こした。故障しても北朝鮮には部品がなく、中国から航空便で取り寄せなければならなかった。

 摂氏35度超、暑さで倒れる兵士もでる悪条件にかかわらず、北朝鮮が予想以上に協力的だったため、米側が真意をはかりかねていると、先方は引き替えに経済制裁の緩和を強く求めてきた。図らずも、遺骨収集を政治的に利用しようとする意図が明らかになった。

「遺体を金で買う」と批判

 過去の捜索の経緯に話を戻す。

 米国内では当時、「一体約2万ドル(200万円)か」「遺体を金で買うのか」などと、共和党を中心とする対北朝鮮強硬派から強い批判が出た。

 北朝鮮のGDPは、国連の統計によると、2015年現在で162億8200万ドル(1兆8000億円)。日本国内で最下位の鳥取県なみという最貧国の北朝鮮にとっては、たとえ100万ドル、10万ドル単位とはいえ、貴重な収入源になりうる。それだけに北朝鮮の狙いも外貨獲得にあったという見方もなされているが、米国の北朝鮮専門家は、「捜索の経費は国防総省が厳密に査定しており、北朝鮮が経済的に潤ったことはない。ベトナム戦争不明米兵捜索でも資金供与は行われている」と反論。北朝鮮の狙いはむしろ、「信頼醸成措置」と分析する。

一貫して米朝対話の窓口

 朝鮮半島の安全保障をめぐる米国と北朝鮮の対話の場、機会としては過去、枠組み合意に至る米朝ジュネーブ交渉、今世紀に入っての6カ国協議などがあったが、不明米兵の遺骨返還協議は、それ以前から存在し、地味、細々ながら一貫して米朝の対話の窓口になってきた。北朝鮮はそれを利用して、常に米国との直接対話につなげることを模索、硬軟織り交ぜた対応で駆け引きを展開してきた。
 
 7月12日に板門店で予定されていた返還協議当日、北朝鮮側は姿を見せず、米側関係者に待ちぼうけをくわせたが、今後、北朝鮮が前向きな姿勢に出て順調に推移すれば、今後の核交渉全体についても進展に期待が持てるかもしれない。

 問題は米国の動きだ。シンガポール合意について、共和党内部からも「譲歩しすぎだ」という批判があるため、返還のための費用で、規模も少額とはいっても、実際に北朝鮮に資金供与をすれば、反発がますます高まる可能性がある。

 遺体返還問題を突破口に交渉を進めるという米国の方針は理にかなったものと言えようが、米国内の強硬論台頭が、本来核放棄に消極的な北朝鮮につけ込む余地を与え、交渉を潰えさせる結果になりはしないか。

 国務省のナウアート報道官は、1、完全な非核化。2、北朝鮮の体制保証。3、遺体返還―という重点目標について、ポンペオ長官は強硬な姿勢を維持していると強調した。だが、ミサイル実験施設の廃棄を含む非核化についての作業部会の日程も決まっておらず、全体の展望はなお見えない。

 ポンペオ長官の今回の訪朝は、北朝鮮の完全な核放棄実現という長い困難な道のりへの緩慢な一歩に過ぎなかったことを思い知らせてくれたというべきだろう。 

  
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