ヒットメーカーの舞台裏

2011年6月2日

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池原照雄 (いけはら・てるお)

ジャーナリスト

1950年生まれ。専門紙や全国紙の経済記者として自動車、エネルギー、金融、官庁などを担当。00年からフリーになり幅広い執筆、講演活動を展開。著書に「トヨタVSホンダ」(日刊工業新聞社)、「図解雑学 自動車業界のしくみ」(ナツメ社)など。

 商品の改良は、年齢を幅広く分布させた男女約20人による社内モニターの意見を参考にしながら進めた。盛夏から涼しくなる秋口にかけ、数次にわたって改良のための試作を繰り返した。

 年齢が上の世代からは、冷え過ぎるという指摘が多く、当初よりメントールの量を抑制した。また、女性からは使用後のさらさら感を強調すべきという意見が多く、肌用パウダーの最適な配合につなげていった。

 成分の調整と並行して、竹内は容器デザインの改良も進めた。初期の容器は最終仕様より幅広で、存在感や安定感を重視していた。しかし、よくよく考えると「女性の自分には持ちにくい」。そこで、当初案から大転換してスリムでストレートな形状に変更した。

 商品名やイラストを描き込むパッケージデザインにもこだわった。アイスノンブランドには専用のキャラクターがあるものの、竹内はあえてこれを使わず、何十点もの候補からアメコミ(アメリカンコミック)風の女性のイラストを選択した。まず女性にアピールするためだが、アメコミ風とすることで「男性にも注目してもらえるユニセックスな感じを出せた」と、竹内は満足している。従来の白元製品にはなかった図柄だけに一部に反対論があったものの、社内アンケートでは思惑どおりの支持が得られた。

 商品企画も担うマーケティング部門で中堅どころとなった竹内だが、この仕事に就くまでの経歴は異色だ。白元へは02年に中途入社した。元々は白元の取引先である容器の部材メーカーで営業事務に従事していた。その後、この会社と白元が共同出資で設立した企業に出向しているうちに、白元側から移籍を要請されたのだ。

 マーケティングは「まったく未知の分野で、学ぶことばかり」だったものの、たちまち「商品を送り出すたびに達成感が味わえる仕事」に魅了された。スタートが遅かった分、懸命な努力もしたのだろう。今でも休日には都心のさまざまなショップに出かけて「アンテナを広げる」など、労をいとわない。

 今春からはアイスノン部門より事業規模の大きい入浴剤担当となった。ただし、業界でのシェアは下位にあり、トップだった保冷剤とは違う難しさにも直面している。「また1から勉強中」だが、「ブランド力をもっと強めて、シェアアップに貢献したい」。穏やかな表情の中にも芯の強さを垣間見せた。(敬称略)


■メイキング オブ ヒットメーカー 竹内陽子(たけうち・ようこ)さん
白元 マーケティング1課

竹内陽子さん  写真:井上智幸

1972年
埼玉県生まれ。子どものころは、マンガ風の絵をよく描いていた。基本的に体育会系ではなかったが、マンガの影響で中学1年生のときには、バレー部に入った。また、中学3年生のときには、当時珍しかった英文タイプにも熱中した。
1992年(19歳)
大学では、美術史を専攻した。西洋画を中心に研究を進め、独特の色使いをするフランスの画家・アンリ=マティスに興味を持った。今でも、美術館に通うのは趣味になっている。
1996年(23歳)
最初に就職した会社は1年半で退職したが、その後入社したプラスチック製品のメーカーが白元と取引のある会社で、それがきっかけとなって白元に入社することになった。月ごとに区切りのある営業事務の仕事から、長期間取り組んでいくマーケティングの仕事に最初は戸惑ったが、自分の企画した商品が世の中に出るところに面白さを見出せるようになった。
2011年(38歳)
1日1つ商品企画を出すという「アイディアマラソン」が部内で始まって1年、考える習慣がついた。これまで以上にアンテナを高くして、「世の中になかったモノ」を作り出したいと考えている。

◆WEDGE2011年6月号より


 

 


 

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