世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2018年8月21日

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  7月25日のパキスタン議会下院の選挙では、クリケットの元スター選手のイムラン・カーン率いるPTI(パキスタン正義運動)が第1党となり、政権交替の見通しとなった。PTIは8月6日、同氏を正式に首相候補に指名した。

(cosveta/designscroller/iStock)

 イムラン・カーンはパキスタンの既存の政治の枠組みを打破し、腐敗の温床であるパトロネッジ(patronage)のネットワークを終わらせることを掲げて選挙を戦った。これは彼が20年前に政界に飛び込んで以来の政治的スローガンに他ならない。彼が率いるPTI(パキスタン正義運動)はシャリフ一族およびブット一族の政党を圧倒して第一党となり、政権を担当することを確実にした。それは、彼の執念と政治的習熟の賜物でもあろう。カリスマ性のある指導者の登場は、いやが上にも変化への期待を高めようが、それを実現出来るかは別問題である。

 他方で、彼の成功には暗い影がつきまとう。パキスタンの政治は常に背後で軍が糸を引いて来たが、今回の選挙ほど軍とその情報機関ISIが図々しく介入したことはないといわれている。軍はPTIがメディアへの特別のアクセスを得られるよう工作した。資金的にPTIを支援した。著名なジャーナリストにPTIを支援するよう圧力をかけた。他党から当選可能な人物のPTIへの鞍替えを工作した。投票所の管理にも軍が関与したという。従って、選挙は正統性の問題を免れない。そもそも、政権党であるPML-N(パキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派)の前首相ナスワズ・シャリフは牢獄にあった。カーンはシャリフの腐敗追及の急先鋒であったが、恐らく背後に軍の策謀もあって、昨年シャリフは首相の座を追われ、その後、去る7月6日、禁固10年の判決が下り、7月13日に収監されている。

 結果は恐らく軍の思惑通りになったとの観測が行われている。すなわち、カーンのPTIは確たる第一党の座を獲得したが、単独で政権を組成し得る程には強力ではなく(全342議席中116議席)、従って、軍としては操縦し易い政権が出来るということである。軍の庇護があって勝った彼には軍に逆らう余地はなく、軍の言いなりとなり、軍がカーンを厄介者だと思えば放り出されることになろうとの観測もある。7月27日付けフィナンシャル・タイムズ紙社説‘A victory for Imran Khan offers Pakistan change’は、カーンはその政治的資産を使って変化を試みることは出来るが、パキスタンの抱える問題は余りにも大きく、大転換は期待出来ない、と分析している。

 或るパキスタンの専門家の説明を借りれば、パキスタンの政治は2つのグループで動く。一つは土地所有者と産業人から成る文民のエリートのグループで彼等は政党と組んでいる。もう一つは軍である。政党というが、要するにパトロネッジのネットワークであって、その政治力を使って恩恵と財物をネットワークのメンバーに配分している。高度に紛糾し、時に暴力的となるパキスタンの政治は政策問題についてのアプローチの違いを反映しているのではなく、国家の資源の支配を巡るネットワークの間の闘争である。それぞれの政党のメンバーは自己の利益の追求が優先するので政党間の移動は全く普通のことである、というわけである。もし、本当にカーンが社会のこの構造にメスを入れ、真の福祉社会で置き換えることを試みるというのなら、それは画期的なことに違いない。

 外交については、彼は殆ど何も語っていない。米国と米国のテロとの戦いに対する反感、アフガニスタンのタリバンの主義主張への同調を示す断片的な発言はあるようである。そうでなければ、軍と歩調を合わせられる筈もない。アフガニスタンの戦争を巡る米国とのギクシャクした関係、インドとの関係調整、深まりつつある中国依存について、カーンの登場による何等かの変化を予想させる根拠は見当たらない。彼が当初の2、3の外遊先にいずれの国を選ぶかが、彼の外交の先行きを暗示しよう。

  
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