赤坂英一の野球丸

2018年8月22日

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1勝にかける執念

 1勝にかける執念、攻撃的な野球へのこだわりでは、愛工大名電・倉野光生監督(59歳)も負けていない。春の選抜は2004年準優勝、05年優勝している名電だが、夏となると1988年以来、今大会まで白星に縁がなかった。98年に就任した倉野監督も20年間未勝利、夏の初戦7連敗中で、これはすでに最多記録だ。

 だからこそ、第100回の今大会で何としても夏1勝を、という思いは人一倍強かった。そのため、打撃力のある選手を集め、名電の代名詞でもあったバント戦術から180℃方向転換。「超攻撃野球」を掲げて、「とにかく打って打って打ち勝つ」野球を目指した。もし強行して失敗したら、「なぜバントさせなかったんだ」と批判されるような場面でも、積極的に打たせていくことに徹した。

 2月の強化練習では、全体練習の打撃練習のほかに、深夜や早朝のティー打撃も敢行。打撃力の強化に徹した結果、チーム打率3割7分3厘、9本塁打を含む106安打と圧倒的な破壊力でノーシードから7試合を勝ち上がって西愛知大会を制した。

 甲子園の初戦の相手は三重の普通科高校で初出場の白山だったから、勝って当然とも見られていた。が、それだけに倉野監督にとっては、「絶対に負けられない」というプレッシャーも相当なものだっただろう。決して点差ほど楽に勝ったわけではないはずだ。

 そうした監督たち以上に年季の入った執念を見せたのが、いまや「甲子園の鬼」と呼んでもいい大垣日大・阪口慶三監督(74歳)である。今大会は、2回戦でプロ注目の好投手・吉田輝星を擁する金足農に3-6で敗退。試合後、進退を問われて、「私は勤め人なのでいまは(その話は)やめときましょう」と明言を避けながらも、「そりゃあやりたい。こんなにいい仕事はないから」と続投に強い意欲を示した。

 阪口監督については、昨年の第99回大会でも2017年8月13日付記事『涙が出なくなるまでやる! 甲子園にかける老将の思い』で書いている。11年に脊柱管狭窄症を患い、2度に渡る大手術を受け、「もうノックはできない」と話していたが、今年は体調が劇的に回復し、試合前の練習で自らノックバットを振るっていた。

 甲子園に来る前も、岐阜県大会の約2カ月も前から寮に泊まり込み、早朝から深夜まで指導に当たった。教育者であるとの強い自負から、選手には「監督」ではなく「先生」と呼ばせている。その阪口先生は、私が30年前に初めてじっくりお話をうかがった高校野球の指導者でもある。もし本当に続投されるのなら、どうか体調にはくれぐれも気をつけて、今後も頑張ってください。

※『赤坂英一の野球丸』は来月から隔週連載となります。次回の掲載は9月5日水曜日の予定です。

  
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