田部康喜のTV読本

2018年8月22日

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田部康喜 (たべ・こうき)

コラムニスト

福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。2015年10月から東日本国際大学客員教授として地域振興政策を研究、同大・地域振興戦略研究所副所長を兼務。

 節子 「わたしも被爆者なんよ。こんな小さなときで、あんまり覚えておらんけど。暑いね。暑いと生きているって感じる」

    「佳代ちゃん、メールありがと。あんな辺鄙(へんぴ)なところでカフェを開いて大丈夫?」

 佳代 「どこでもいいよ、生きていくのは、って節子さんがいってくれたじゃないですか」

 節子は、佳代を励ましたときのことを思い出した。

 節子 「悩みに大きいも小さいもない。居場所はどこにもあるよ。どこだっていいんよ。逃げてもいい。生きていくのはどこだっていいんよ」

 節子(香川)は、佳代(榮倉)にスケッチブックを差し出す。そこには、カフェのイメージを描いた絵が何枚も書かれていた。

 節子 「絵が得意でね。すずさん、おかあちゃんに教わったんよ」

すずの過酷な運命と
それを救うことになる人々の絆

 第6回は、昭和20年(1945)年4月の桜の季節になった。呉の桜の名所に北條家と近所の人たちは出かけるのだった。そこで、すず(松本)は、得意客と花見に来ていた、リン(二階堂)と出会う。すずは、このときまでに周作(松坂)とリンとの過去を知っていた。かつて周作がリンに贈ろうとした、リンドウが描かれた茶碗を納戸小屋で見つけて、リンに渡してもいた。

 リンは遠くを見るようにしながら、つぶやく。

 「人が死んだら、記憶もなくなるんじゃろ? 秘密もなかっとことになる。それもそれで幸せかもしれない。自分専用のお茶碗みたいに」

 昭和20(1944)年5月。周作は書記官の文官から、海軍の武官になる辞令がでる。訓練のために、3カ月間家に戻れないことをすずに告げる。この日に、工廠に勤める父・円太郎(田口トモロヲ)が、工廠が爆撃に遭った後に消息が不明になった。

 周作 「すずさん、すずさん、大丈夫かの? おとうちゃんもわしもおらんことなって、このうち守り切れるかの?」

 すず 「無理です。無理」

 しばらく沈黙ののちに、すずは、気を取り直すようにいうのだった。

 「うそです。ごめんなさい。周作さん、うちはあんた好きです。ほいでも、三月も会わんかったら周作さんの顔をわすれてしまうかもしれん。大丈夫です、大丈夫。このうちを守って待っとります。このうちにおらんと、周作さんをみつけられんかもしれんもん」

 周作は「ありがとう」といいながら、すずを抱きしめるのだった。

 ドラマは、静かなセリフの数々が散りばめられて、すずの過酷な運命とそれを救うことになる人々の絆を伏線としてはっていくのである。

 こうの史代原作の漫画の名作「夕凪の街 桜の国」も、NHK広島放送局制作で「夕凪の街 桜の国2018」として8月6日に放送された。原爆症に苦しみ、求婚されながらも20歳そこそこで亡くなる、平野皆実の物語である。「夕凪」のこのドラマも「この世界」同様に、映画(2007年、佐々部清監督)も、原作の漫画も深い感動を呼ぶ。
 

  
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