使えない上司・使えない部下

2018年8月24日

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「別れの盃」? そんなのはありませんよ…(苦笑)

嶋田不二雄さん

 上司からの復讐は、私が感じていた限りではなかったと思います。ただ、不自然なことはありました。ある時、エリア内で最も大きな支社の課長が突然、私が勤務する支社に来て、「一緒に外回りをしよう」と誘うのです。支社の10数人の中で、そんな外回りを誘われたのは私だけですよ。途中、喫茶店に入った時、課長が支社内のことや上司(支社長)、私のことを雑談を交え、聞いてくるのです。それとなく、聞き出す感じでした。何があったのかを知ろうとしているようでした。

課長は上司の側に立つことはなく、私の味方をするわけでもありません。あくまで公平な立ち場で、事実を把握しようとしているように見えました。私を抑えつけようとする雰囲気はなかったです。誰かが、私と上司のことを何らかの形で伝えたのかもしれません。私は本社などから咎めれることも、処分されることもなかったですね。

 たぶん、私はあの上司からすると、「使えない部下」だったのでしょう。めぐり合いが、悪かったのかな…。私はその後、退職しました。同僚たちとの人間関係は、良かったですよ。上司との関係は、最後まで変わらなかったです。あの頃は、双方の間には事務的な会話しかなかったんじゃないでしょうか。「別れの盃」? そんなのはありませんよ…(苦笑)。上司はその支社に5年間ほどいて、ほかの支社に人事異動になったようです。今は60歳を超えているはずだから、お辞めになっているのかもしれませんね。

 会社員である以上、部下は基本的には上司の指示・命令に従うべきです。その指示や命令には、理不尽なものや矛盾などもあるでしょう。それも含めて、部下はある程度は受け入れるべきだと思います。しかし、それらが一線をこえている場合は、状況に応じて、部下が上司に言わざるを得ないことがあります。そうでないと、上司は勘違いし、ますます、双方の関係が悪化することがありえます。

 上司の学歴? たぶん、中央大学法学部卒じゃないですか…。その前の上司は関西大学法学部卒かな。この人は、仕事ができました。私たち部下からの人望もありました。今、振り返っても、すばらしい人だった。私が大学受験をした頃(1980年代前半)は、中央と関大の法学部の入学難易度の差は大きかったのですが…。

 私は、青山学院大学法学部を卒業しました。私は偏差値や学歴を否定はしませんが、会社という組織の中では当てにならない場合があるのかもしれませんね。関西大学法学部卒の上司は本社で、ずいぶんと出社されたようです。

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