2024年4月20日(土)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2018年8月29日

 冒頭でも述べた通り、最近、ドイツでは核保有に関する議論が出てきているが、とりわけ波紋を広げたのが、ボン大学のクリスチャン・ハッケ名誉教授による、ドイツ最大の日曜紙Welt am Sonntag(7月29日付け)へのドイツの核保有を論じた論説の寄稿である。ハッケは、「1949 年以来、初めてドイツ連邦共和国は米国の傘の下にない」と述べ、核抑止に基づく国防政策を検討するよう求めている。同氏のロジックは、トランプの米国の核の傘は当てにならない。英仏の核抑止力はドイツをカバーし得ない。よって、ドイツ自身が核を持つしかなく、それは自由世界を強化する、というものである。ハッケは、連邦軍大学で教鞭をとっていた経験もある、ドイツの著名な政治学者であり、いわゆる安全保障エスタブリッシュメントの大物と言ってよい。米独の安全保障政策にも通じている。そういう人物による核保有論ということで話題を呼んだ。上記イッシンガーの論説は、それに真っ向から異を唱えるものである。

 昨年、ドイツ連邦議会の調査部門は、英仏など他国の核兵器にドイツが単独で、あるいは他のEU加盟国と共同で資金を拠出することに法的制約があるか否か検討し、法的問題はないとしている。その上で、ドイツにとり現状を超える良策はないと結論づけている。英仏の核の傘は、既に欧州の抑止戦略の一部であるというのが現状である。NATO条約第5 条と欧州連合基本条約第42 条7 項(いずれも集団防衛条項)により、ドイツが核攻撃を受ければ、それに対する核の報復も同盟国としての義務であると考えられる。上記イッシンガーの論説を始め、核武装への反対論は、この考え方に基づいている。当面は、ドイツの安全保障政策は、こうしたものであり続けよう。

 他方、最近のドイツにおける対米不信は深刻である。NATO加盟国の国防費の目標をめぐり米国のNATOからの離脱をちらつかせたり、「ドイツはNATOに十分貢献していないのにロシアから多くの天然ガスを買い多額のカネを払っている」と執拗に非難するなどしているトランプの発言をたびたび聞かされれば、ドイツ国民が対米不信に陥るのも無理はない。NATOにとり大きなマイナスとなっている。今後、「EU の核抑止力」について、より真剣に議論される可能性はあるように思われる。その場合、英国はEUから離脱するので、フランスの核をEU 全体のために使うべく、EUレベルで協議するといったことが考えられる。イッシンガーの論説が言っている「欧州防衛同盟の文脈」というのは、そういう意味である。ただ、ドイツ自身の核保有は、現時点では考え難いと言ってよいであろう。

  
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