西山隆行が読み解くアメリカ社会

2018年8月27日

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西山隆行 (にしやま・たかゆき)

成蹊大学法学部教授

東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。甲南大学法学部教授を経て現職。専門は比較政治・アメリカ政治。著書に『アメリカ型福祉国家と都市政治』(東京大学出版会)、『移民大国アメリカ』(筑摩書房)、『アメリカ政治』(三修社)、『アメリカ政治入門』(東京大学出版会)、5月に『アメリカ政治講義』(筑摩書房)が刊行予定。

 このように、メディアによる報道が短期的には政治の安定性を損なう可能性があり、その認識は政治エリートの間では一般的である。そのような問題があるとしても、政治エリートが抱える問題を明らかにし、説明責任を負わせ、政治の応答性を高めることが健全な民主政治を営むためには必要だという認識が存在するが故に、言論の自由と併せてプレスの自由を重視すべきとの規範が広く共有されてきたのである。そうであるからこそ、公職者はメディアによる批判を、時に不適切で腹立たしいとは思いつつも、民主政治を健全に運営するためのやむを得ないコストだと考えてきたのである。

「政治化」するニュース番組と「選択的接触」

 ただし、以前と比べると、近年ではニュース番組に顕著な偏りがみられるようになっているのも事実である。アメリカのメディアでは、1949年に、フェアネス・ドクトリンと呼ばれる原則が受け入れられた。政治的立場の異なる見解が表明される場合には、それぞれの立場の人に同じ時間を割り当てねばならないという原則である。だが、ロナルド・レーガン政権期の1987年に、このフェアネス・ドクトリンは廃止された。

 それに加えて、トークラジオやケーブルテレビの発達が、ニュース番組の「政治化」を促した。これはとりわけFOXニュースに代表される保守的メディアに顕著だった。伝統的な報道番組は、フェアネス・ドクトリンが廃止された後も客観報道の原則を掲げて中立的な番組作りを心掛けてきた。だが、そのような報道中心の番組は独自性を出しにくい。そこで、トークラジオやケーブルテレビは、「報道番組」ではなく「オピニオン番組」を中心に流すようになった。出演者の見解を示すのが番組の趣旨であるため、公正さや中立さは重視されなくなった。このような保守的メディアの戦略に対応し、リベラル派メディアも同様の番組作りをするようになった。

 このような状況が起こる中、視聴者の中でも徐々に、自らの政治的選好に近い見解を示すメディアを好んで視聴するようになっていった。国民が一方の見解のみに触れて他の見解を受け入れなくなる状況が生まれ、それがアメリカ社会の分断につながっていった。

 政治エリートがメディアに対する不信をより強く述べるようになった背景には、このような状況がある。とりわけ、視聴者が自らの立場に近いメディアのみに触れる、選択的接触と呼ばれる現象が一般化する中では、時に公正で中立的な報道ですら、バイアスがかかっているように思われるようになってしまうのだ。

伝統的メディアの強い危機感

 今回、伝統的メディアがこのような声明を出した背景には、伝統的メディアの側の強い危機感がある。そして、その危機感を生み出す背景として、客観的で事実に基づく報道を行うのが困難になりつつある現状に対する焦りがあるのではないかと思われる。

 第一に、SNSが発達する中で、新聞やテレビなどは速報性の点で劣るようになっている。プロのメディア関係者ではない一般の人がSNSを通して政治に関する情報を即座に流し、それが人々の注目を集める事態が発生する。他方、メディア関係者は事実関係の裏取りをする必要性もあり、噂レベルの事柄をSNSで流す人のようにはいかない。情報の速報性を求める人々が、伝統的メディアよりもSNSなどを通して情報をとるのが一般的になると、伝統的メディアの人々は自らの在り方を問わざるを得なくなる。

 第二に、無料メディアが発達する中で、新聞などが購読料を獲得する必要があるのは、経営上の大問題となる。近年、ニュースについて語る人は増えているが、オリジナルの報道をすることができる人材を獲得するのは困難である。論評をすることはできても、その基礎となるべき事実を集める役割は、やはり新聞などの伝統的メディアに期待される。正確な事実を集めるのには時間だけでなく費用が掛かり、その費用を維持するのに豊富な資金を持つ一部の人の善意に頼るのは無理があると共に、問題をはらむ(その人に対する忖度が発生する可能性がある)。安定的に購読者を集めるには報道機関に対する信頼を維持することが不可欠だが、トランプ大統領のように、客観的事実とは関係なく、自らにとって好ましくない内容を伝えるニュースをフェイク・ニュースと断じるような事態は、伝統的メディアに危機をもたらす。

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