2024年4月20日(土)

ちょっと寄り道うまいもの

2011年6月30日

 新しいリゾートにも心惹かれつつ、やはり、昔のままの心地よさのクラシックへ。気後れしながら入っていった大人の世界が、今や懐かしくも、ほっとする空間のように感じられる。私がそれなりに年をとったからか、ここが戦後の日本が重ねてきた年月を象徴する場所だからか。

伊勢志摩の山海の幸を、素材を超えた洗練の味に変えるグランシェフの宮崎英男さん

 改めて、伊勢海老のカレー。海老の圧倒的な存在感に、貧乏性は「もったいない、もっと素直に海老の旨さを味わった方が良かったか」と思ってしまいながら、口に運ぶ。

 しかし、これが旨い。唸るほどに旨い。伊勢海老という食材の素性の良さを際立たせているだけでなく、カレーとしても素晴らしく美味しい。姿をさらしている海老だけでなく、ソースにもたっぷり海老が隠れていて、さまざまな野菜、スパイスとハーモニーを奏でている心地よさ。特に伊勢海老のコライユ、つまりミソがミソで、味わいを重層的にしている。 「カレーにしてくれてありがとう」と海老が言っているようなカレー。幸せのうちにカレーの概念を変えてくれた一品だと改めて実感する。

 さらに驚くべきものが、あった。鮑〔あわび〕のカレー。私にとっては新しい味だったが、これが負けず劣らず凄い。伊勢海老のカレー同様、さまざまな要素がハーモニーを奏でている。弦楽四重奏ではなくて、オーケストラのハーモニー。こちらは特に鮑の肝が味わいに深みを与えている。

 何より大ぶりに切ってある鮑の凄さ。鮑が口の中にまとわりつき、遊んでいるような快感。豊かな弾力。エロティックなまでの旨み。コクと食感の快感のカレー。

 まったく、カレーのためだけにでも、ここまでやって来る価値はあると思う。カレーはそのようなご馳走になり得るのだ。

 まあ、そうはいっても、ここに来てしまったら、鮑のステーキをはじめとするあれこれも食べてしまうが。食べずに帰るのはあまりにももったいないもの。

 クラシックと呼ばれるホテルの料理は、かつて革命だった。日本のフレンチ。土地の食材で土地の味。今や常識だが、ここで食べていると、前衛がクラシックとなる時間に想いを馳せてしまう。

 両方のホテルの指揮を執る現在のグランシェフ、宮崎英男さんは「しんか」がキーワードだという。新しいホテルでは進化。クラシックの方では深化。まさに、御意。

 今、私に、あなたに必要なのはどちらだろう。美味と雄大な自然を堪能しつつ考える。

■志摩観光ホテル クラシック  レストラン ラ・メール クラシック
東海道新幹線名古屋駅または京都駅から近鉄特急で賢島駅下車、徒歩約5分
三重県志摩市阿児町神明731 ☎0599(43)1211
営業時間/11時30分〜14時(ランチ)、18時〜20時30分(ディナー・予約制)
*「伊勢海老カレー」は前日までに要予約

◆ 「ひととき」2011年7月号より

 

 

 

 

   

 
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