世界で火花を散らすパブリック・ディプロマシーという戦い

2018年9月20日

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桒原響子 (くわはら・きょうこ)

未来工学研究所研究員・京都大学レジリエンス実践ユニット特任助教

1993年生まれ。2012年米国ウエストバージニア大学において、国際政治学や通訳翻訳等を学び、2017年大阪大学大学院国際公共政策研究科修士課程修了。笹川平和財団安全保障事業グループ研究員、外務省大臣官房戦略的対外発信拠点室外務事務官を経て、現職。専門は、国際公共政策、パブリック・ディプロマシー、ストラジック・コミュニケーション、メディア研究、世論等。

中国のPDの起源は天安門事件のイメージ払拭

 まずは、PDとは何かを簡単におさらいし、中国のPD展開の状況を見てみよう。PDとは、海外における自国の利益と目的達成のために、メディアでの対外情報発信や、海外の個人や組織との文化や教育に関する交流などの活動を通じ、海外における自国のプレゼンスやイメージの向上を目指す活動を指す。

 大戦期に各国が戦略として用いた「プロパガンダ」が元々の形態であるとされる。しかし、戦後は「プロパガンダ」という言葉がネガティブなイメージとして想起されるようになり、PDという言葉が誕生した。冷戦終結後には、ソフトパワーの重要性が増大したことや、世論が政府の政策決定において果たす役割が増大したことなどから、米国を中心に、各国がPDを重視する政策を採用していったのだった。

 中国のPDは、日本がPDの重要性について着目するかなり以前から政治、経済、文化など、あらゆる分野において活発に展開されてきた。その起源は天安門事件にあるといわれている。1989年6月4日に生起した天安門事件によって欧米諸国のメディアなどが作り上げた中国のマイナスイメージを払拭することが、当初の目的であったのだ。

 21世紀に入ると、中国は目覚ましく台頭していく。中国の経済発展が急速に進行し、米国をはじめ、国際社会における中国のプレゼンスは格段に高まっていくこととなった。

政府を全面に出さない中国PD

 そして中国は、天安門事件以降の経験などから、PDが米国内の世論形成に大きな役割を持っていることを認識し、米国向けに積極的な活動を行ってきた。米国の政府機関などを通じた間接外交だけでなく、例えば、米国在住の華人を同胞として重視した地方都市における草の根レベルでの働きかけ、企業や市民団体との連携など、政府が前面に出ない形のPDを展開してきたのである。

 とりわけ米国一般世論に働きかけるためには多彩なメディア戦略が必要だとの認識から、米国メディアへの働きかけをはじめ、中国中央電視台米国 (CCTV America)の発足や、China Watchの広告広報など、多大な努力を払ってきた。

 特に2012年に米国に開局したCCTV Americaは、演出戦略などが卓越しているといわれる。多くの米国人をはじめとする外国人に視聴してもらうために、キャスターの人選や多言語化など、多様な演出の工夫を凝らしてきたことが功を奏したのだろう。

 文化・教育面では、孔子学院の拡大をはじめ、米国メトロポリタン・オペラで中国を舞台とした巨大オペラを上演するなどして、中国のイメージ向上に努力してきた。

 特に孔子学院については、中国の代表的なPDとしても有名で、海外の大学などの教育機関に設立している。中国が米国に設置した孔子学院の数は110であり、世界全体における同学院の総数525(2018年9月時点)の約21%を占める。これは、ほかの地域や国における数と比較して、群を抜いて多い。

「日本」と「中国」の間で揺れる米国世論

 こうした中国の対米PDの影響は、米国世論にも表れ始めた。米国における対日世論調査(2016年度末まで外務省が実施)において、自国にとっての「アジアにおける最も重要なパートナー」を、「日本」ではなく「中国」と位置付ける見方が増え始めたのだ。特に、日本がPD強化戦略をとる以前は、有識者の間にもこの考え方が浸透しており、2010年には「中国」が「日本」を20ポイントも追い抜き、調査開始以来最大の開きとなった(中国56%、日本36%)。

 そして、その後しばらくの間、「中国」が「日本」を上回る情況が続くこととなる(グラフ1参照)。

グラフ1(出典:外務省のデータを基に筆者作成)
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