2024年4月19日(金)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2018年9月26日

 ホワイト・ハウスや政権内に大統領が国家のためあるいは同盟国との関係や国際秩序の維持に害を与える行動をとることを防ごうとする人々がいることは、これまでにも語られてきた。匿名の寄稿文とウッドワードの新著は、そのことを裏付けている。特に、トランプ大統領の言葉と実際の外交政策の大きな違いを解明する手掛かりとなっている。

 政策の矛盾の一番の例は、対ロ政策である。トランプはプーチンを批判せず、米大統領選挙介入の責任や英国で起きた元ロシア・スパイ暗殺未遂への関与も追及しない。未だにロシアの米大統領選挙介入を認めないかのような発言をしている。しかし、米国はロシアに対し厳しい制裁を加え、中間選挙をはじめ将来の選挙への介入を防ぐ手段を講じている。

 また、トランプは、米国をNATOから脱退させるような発言をし、欧州は自分で自分の地域の面倒を見るように、といった態度を取るが、トランプ政権になってからウクライナに武器を供給し、NATOからバルト三国を切り離すべくロシアがカリニングラードとベラルーシとの間に侵攻しないよう米軍も加わり大掛かりな軍事演習をしたり、ポーランド側に米軍を駐留させたりしている。

 これらは、「静かな抵抗者」の存在の結果であると理解し得る。

 匿名の寄稿は、勇気ある、愛国心に基づく行動と受け止められる一方、大統領府の在り方を乱す危険な行為でもあり得る。トランプに大統領として相応しいモラルと知性がないのであれば、確かに、大統領を抑制しようとする「静かな抵抗者」たちは重要な役割を果たしているが、本来は匿名ではなく実名で問題を議会や国民に堂々と提示すべきではないか、というのは、尤もな正論である。国民に選ばれた大統領と、大統領に任命されたスタッフが「戦争状態」にあり、大統領が自分の政策を遂行できないのは、憲法上問題がある。これに対して、匿名というのは、それだけ状況が切迫していることの証明であり、やむを得ない緊急措置であるとも言える。

 今のアメリカ社会では、度を超えた怒りや対立が増幅し、匿名の高官等が「静かに」行動せざるを得ず、匿名で投稿せざるを得ないのが現状であろう。米国社会の政治的・社会的分断の収拾は全く見えてこない。こうした、米国内に渦巻く、分断、混乱、矛盾が、他国に利用される危険があるのは間違いない。

  
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