不動産売りたいから後見人に
この要求に家裁は言及せず
百沢力は、消防士長として毎月10回の当直がある交代制勤務の傍ら、妻の手を借りてトシ子の面倒を見ながら、まず、いわき市の駐車場を売却しようと買い手を探し、現地へ何度も足を運んだ。しかし、身の回り品などと違い、なかなか需給が合うものではなく、歳月が過ぎていく。業界関係の司法書士らから「親名義の物件を売りたいのなら、成年後見人になる必要がある」と忠告を受けた。
こうして、2001年11月、東京家裁八王子支部に対して、トシ子の成年後見人への選任を申し立てた。百沢は、申し立ての実情を次のように書き提出している。
その後、本人の所有する東京と福島の土地、建物等の財産の管理、処分する一切の件等、入所前に公正証書による遺言(財産を長男に相続、管理させる)を弁護士立会の上作成してありますが、現在、本人のため、東京と福島の土地を売却処分する必要が出たため、又福島の所有する土地、建物を賃貸している借地人、借家人との間に問題が発生し、現に申立人の長男が、本人のため裁判手続をしているため、今後、本人は入所しており何も出来ないので、本人に代わって諸手続を行う必要があるため、成年後見人には、問題のない申立人である長男である百沢力を選任してもらいたい――
(注:厚生労働省が「痴呆」でなく「認知症」を用いるのが適当との判断を示したのは04年。それ以前の出来事を記録する原文の引用は「痴呆」のままとした)
百沢は申し立てた時「これだけ文書を整えたのだから、司法は私を信頼して力になってくれる」と信じ込んでいた。申し立てから5カ月近くが過ぎた02年4月、百沢を成年後見人に選任する審判が下り、審判は、その理由として以下のように述べた。
以上の事実によれば、本人は事理を弁識する能力を欠く常況にあるというべきである。
よって、本人について後見を開始することとし、その成年後見人には、本人の長男にあたる申立人を選任することとし、主文のとおり審判する――
この審判理由には、大きな「空白」があることがわかる。つまり、百沢の実母トシ子が認知症であることの確認と後見人が必要であることの認定については多言を用いているのに、百沢があれほど詳しく説明した所有する不動産物件の売却については一言も触れていないのである。百沢は、売却が必至だと考え、その諸手続きを行う資格を整えるため成年後見人を志したのである。この求めを家裁としてどう評価しているのかに言及してこそ、誠意ある審判といえよう。
だが百沢は、家裁が自分の言い分を物件売却まで含め一任してくれたと喜んだ。豊島区のマンション(名義は母子で2対1)のローンを返済するため、トシ子名義の不動産物件の売却に奔走し続けた。