WEDGE REPORT

2018年10月20日

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樫山幸夫 (かしやま・ゆきお)

産經新聞元論説委員長

産經新聞元論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員などを経て、2015年6月から産経新聞社監査役。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

 サウジアラビアの著名ジャーナリスト殺害事件は、異様、不気味な展開を見せている。サウジ政府は20日、「事故」で死亡したと説明したが、トルコ国内のサウジ総領事館に本国から〝暗殺団〟が事前に派遣され、生きたまま体を切断されたという恐るべき報道がなさ、衝撃は世界に広がっている。英国、ドイツ、フランス3国はすでに。外相共同声明を発表、強い懸念を表明した。しかしながら、報道、表現の自由、人権に関わる問題であるにもかかわらず、各国の足並みが一致しているとはいいがたい。記者の〝亡命先〟、米国のトランプ大統領は、武器売却や対イラン包囲網などを考慮してか、サウジの説明を支持、擁護するコメントを繰り返している。日本政府はといえば、「われ関せず」の態度を露骨に示している。国連安全保障理事会常任理事国入りをめざすにしては、いささか頼りない。サウジ政府が死亡の事実を認めたことを受けて毅然とした対応を期待したい。

ジャカルタのサウジアラビア大使館前で抗議する人々(ZUMA Press/AFLO)

 当初、関与を否定してきたサウジ政府は20日になって「カショギ氏は、総領事館内で、いあわせた人物と口論、殴り合いとなり死亡した」と初めて氏の死亡の事実を明らかにし、隠蔽しようとしたことも認めた。あくまで「事故」との立場をとっており、納得のいく説明とは思えない。

 サウジ政府を批判してきたジャマル・カショギ記者がイスタンブールのサウジ領事館で殺害されたのではないかというニュースを聞いたとき、戦前の日本で、プロレタリア作家、小林多喜二が虐殺された事件を連想した。有名な「蟹工船」の作者である多喜二は、1933(昭和8年)、警視庁特高課員に東京市内で逮捕され、築地署内で拷問を受けてその日のうちに死亡した。警視庁は死因を「心臓麻痺」と発表したが、遺体は殴られた跡で真っ黒になっていたという。カショギ氏も総領事館に入って数刻を出ずして殺害された可能性があるという。民間人が官憲によって、役所の中で殺害されるという点では実に似通っている。

 米ワシントン・ポスト紙は17日の電子版で、カショギ氏から寄稿された「最後のコラム」を掲載した。「アラブ世界がもっとも必要としているのは表現の自由」というタイトルの記事の中でカショギ氏は、大部分のアラブ諸国には報道の自由がないと指摘。「プロパガンダを通して憎悪を拡大する政府」の影響を受けずに、自由に議論する場所を作る必要があると、鋭い筆鋒を展開した。

 同記者は米バージニア州に〝亡命〟、サウジ政府、その実質的指導者であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子らによる言論弾圧やイエメン内戦介入などを鋭く批判してきた。
サウジ当局は、今回のコラムのような氏の政権批判に神経をとがらせてきた。

 行方不明になった経緯などは、内外のメディアで繰り返し報じられているので、詳細に触れることは避ける。カショギ氏が総領事館に入った瞬間、その翌日に清掃員とみられる人物らがモップらしいものをもって館内に入る様子などがテレビで放映された。遺体処理の痕跡を消すためではないかという。本国から派遣された法医学者らが音楽を聴きながら、生きたまま切断したなどと報道されるにいたって、「戦慄」という月並みな表現以外に言葉がなかった。

 氏が総領事館を訪問したのは10月2日。深夜になっても戻らなかったため、総領事館の外で待ち続けていた婚約者が当局に通報した。領事館内部にトルコ政府に通じた人物がいたか、盗聴器による情報収集かによって、トルコ側も事態を把握していたという。

 サウジ側は「氏は裏口から出て行った」などと説明していたが、監視カメラにはそれらしき姿はなく、信憑性を疑われていた。当初から、尋問中に事故で亡くなったという苦し紛れの弁明が用意されていたと伝えられ、20日のサウジ政府の説明は、これに沿った内容だった。

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