チャイナ・ウォッチャーの視点

2011年7月29日

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有本 香 (ありもと・かおり)

ジャーナリスト

企画会社経営。東京外国語大学卒業後、雑誌編集長を経て独立。近年とくに中国の民族問題の取材に注力している。『中国はチベットからパンダを盗んだ』(講談社)『なぜ、中国は「毒食」を作り続けるのか』(祥伝社)の他、近著に『中国の「日本買収」計画』(WAC BUNKO)がある。

 このところ、巷を騒がせている中国関連のニュースといえば、7月23日夜、浙江省温州で起きた高速鉄道の事故に関するものである。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、負傷された方々には心からお見舞いを申し上げたい。

事故後の処理は天安門事件と瓜二つ?

 しかし、残念なことに、というか例によって、当局による事故原因の追及は十分に行われそうもない。それでも、虚実入り混じりの情報が多数飛び交う中に、犠牲者遺族の悲痛な叫びや、政府を批判する人民の肉声らしきものなども多く混じって日本まで聞こえてくるようになったことは、中国社会が「よき方向」へ変化している証であり、せめてもの救いだとの見方もあろう。

 ただ、今回の件では、あらためて世界が「中国流」の何たるかを思い知らされ、驚愕の淵に落とされた。ことに、先行列車に衝突し高架から落下した車両を、事故直後に地中に埋めてしまった(その後すぐに掘り返した)というあのニュースには、まさしく中国流の真骨頂を見る思いである。かつて北京の天安門で自国の若者を弾圧するため、戦車を繰り出し銃を向けた、あの光景を見たときの驚き、衝撃に近いものを感じた、という声が米国メディアのコメント欄にあった。

 ご承知のとおり事故は、日独仏加の高速鉄道技術を導入した中国が、「各国の技術をミックスし独自の技術を開発したのだ」と強弁して米国などで特許申請を行なう、との報道があった直後に起きた。折しも外国からの高速鉄道導入を進めようとしている米国、とくに中国系市民の多く住むカリフォルニアなどでは、高速鉄道の発注は中国有利との見方があった矢先の出来事でもあった。

中国人の労働力によってできた
米国の鉄道

 余談だが、かの地に住む華人と日系の血を引く米国人の知人は、日中のほか、韓国、ドイツ、フランス、スペイン、イタリアなどが名乗りを上げる、米国の高速鉄道受注レースについて、自身は日本の技術がナンバーワンだと思うが、さまざまな理由から中国が受注する可能性はきわめて高いと予測し、次のような辛辣な論評も付け加えた。

 「そもそも米国の鉄道は150年前、中国人の“奴隷労働”によって敷設されたものだからね。この件はそういう歴史の因縁含みでもあるんだよ」

 複数の米メディアも、かつて米国の鉄道敷設に多くの中国人労働者が従事したエピソードを挙げ、その貧しかった中国が今では米国に鉄道技術を提供しようとしている、われわれはこれでいいのか、と米国人の「奮起」を促すかのような論調の記事を載せていた。

 知人の論評はもう少し複雑な主旨で、「そうした歴史があるからこそ米国内の中国系のロビー活動や世論工作にはいっそう力が入るし、一方、『親中』が伝統である民主党政権は、この歴史の因縁さえも美化しつつ利用する腹で中国と組むと思う」というものであった。

中国の覇権主義に世界はどこまで付き合うのか?

 もう少し鉄道の話に触れたい。こうした動きと並行して近年、中国は、世界の「鉄道覇権」を握らんとする野望を着々と形にしていた。チベット鉄道をネパールまで延ばし、南の国境を越えて東南アジア諸国へ、北の国境を越えてロシア領内へも鉄道網を巡らせることを目論見、さらにトルコの高速鉄道に280億ドルもの巨額を出資、建設を受注して、新疆ウイグル自治区から友好国であるイランを経てトルコまで連なる「シルクロード鉄道」なる構想まで浮上させていた。これは、ご本家ヨーロッパの鉄道市場まで伺う動きだともいわれたが、各国の技術をツギハギした「中国式独自技術」で、鉄道の世界標準を取りにいこうという、超大胆な、今どきの日本人には想像さえつかない企みでもあった。そうした中国の覇権主義の勢いに、まさにブレーキをかけた形の今回の事故であったのだ。

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