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2018年11月8日

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韓国政府は7日、1980年に起きた反政府の抗議運動「光州事件」を軍が鎮圧した際、兵士らが女性に強姦や性的暴行を働いたことを公式に謝罪した。

韓国の鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)国防相は記者会見で、1980年に同国南西部の光州で起きた民衆蜂起の際、兵士らが無実の女性に対し「言葉にできない痛み」を負わせたとして頭を下げた。

韓国政府は最近の調査で、17件の性的暴行を確認した。被害者の中には10代の少女や妊娠した女性も含まれていたという。

ただ、被害者の一部は、謝罪だけでは十分でないと反発している。

強姦被害者のキム・ソンオク氏は、罪を犯した兵士が「しかるべく処罰」されないことには、「数百万の謝罪」も価値がないと述べた。

1979年に当時の全斗煥(チョン・ドゥファン)将軍がクーデターを起こして軍の実権を握ると、軍は1980年、全国に戒厳令を布告した。韓国南西部の光州ではこの戒厳令に反発する抗議運動の中心地になった。

韓国の公式記録によると、抗議運動に対する軍の暴力的な取り締まりで、200人以上が死亡もしくは行方不明となった。性的暴行も広く起きていたと長い間疑われてきたが、この問題には光が当てられてこなかった。

しかし、2017年に大統領に就任したリベラル派の文在寅(ムン・ジェイン)氏は、光州での虐殺に対する調査の再開を公約していた。

今年5月、キム氏が光州事件当時にレイプされたと名乗り出たのを受け、性的暴行に対する詳細な調査が指示された。

鄭国防相は7日、強姦、性的暴行、性的拷問に対する兵士の関与を調査が確認したと発表した。

「政府と軍に代わり、私は深く頭を下げ、言葉にできない、深い傷と痛みを負った無実の被害者に謝罪を述べたいと思う」と鄭氏は述べた。

韓国の李洛淵(イ・ナギョン)首相も6日、謝罪した。

李氏は「不当に動員された国家権力が、女性の人生を踏みにじった(中略)説明できないほどひどいと感じている」と語った。


光州事件とは

韓国軍の指導部が戒厳令を布告したことを受け、1980年5月、民主主義を擁護する抗議運動が韓国全土で広がり始めた。

同国南西部の光州は、デモの中心となった。

治安部隊が暴力でデモに対応を始める中、抗議者の数は数万人に増加した。抗議には多くの一般市民も加わった。

抗議の流れを止めるため、空挺(くうてい)部隊数千人が動員された。5月21日には、全羅南道の道庁に集まった抗議者に軍が発砲した。

投入された軍が、無差別の暴力、拷問、性的暴行、処刑を働いたと疑われている。

5月27日、韓国と北朝鮮の国境間にある非武装地帯を共同統治していた米国の認可を受け、非武装地帯から兵士約2万人が光州奪還のため再配備された。

公式統計は約200人が殺害されたとしているが、生き残った目撃者は公式の数字に異議を唱え、実際に殺された人数はずっと多かっただろうと主張している。

(英語記事 South Korea apologises for rapes during 1980 Gwangju protest crackdown

提供元:https://www.bbc.com/japanese/46133884

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