日本人秘書が明かす李登輝元総統の知られざる素顔

2018年11月9日

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早川友久 (はやかわ・ともひさ)

李登輝 元台湾総統 秘書

1977年栃木県足利市生まれで現在、台湾台北市在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学卒業後は、金美齢事務所の秘書として活動。その後、台湾大学法律系(法学部)へ留学。台湾大学在学中に3度の李登輝訪日団スタッフを務めるなどして、メディア対応や撮影スタッフとして、李登輝チームの一員として活動。2012年より李登輝より指名を受け、李登輝総統事務所の秘書として働く。

 李登輝総統の誕生以降、民主化によって自由は保障され、白色テロの被害者の人々に対する名誉回復も行われた。もちろん、国民党については白色テロの情報公開や検証、不当資産の解明など、未だ問題は山ほどあるといってもいいだろう。

 しかし、「首投族」と呼ばれる若者たちは、2000年前後の生まれだ。生まれたときから民主的かつ自由な台湾を謳歌して育ってきた。彼らにとってもはや「外省人、本省人」といったアレルギーはほぼ無いと断言していいだろう。

 実際、2014年に立法院を占拠して行われた「ヒマワリ学生運動」でも、多くの外省人の若者たちが参加していた。特に若い世代における融和が続々と進む台湾で、未だにステロタイプを判断基準にして台湾を見ると、現在の高雄における韓國瑜の躍進に違和感を感じるかもしれない。

 しかし、なんのことはない、韓國瑜が外省人か本省人かに関係なく、高雄の有権者はこれまでの民進党市政の「続き」を望むのではなく、現状を打破してくれる候補者に熱狂しているということだ。そしてそれは、決して国民党だから、ということでもなく、新鮮味のある破天荒な、かつ大風呂敷を広げることの出来る候補者こそ、高雄を救ってくれるのではないかという期待を込めての熱狂であろう。

日本人が捨てるべき台湾への「思い込み」

 高雄や台南など、南部へ行くと、話される言葉も、台湾語の比率が飛躍的に高まる。だいぶ前だが、筆者が台湾大学で歴史の授業を受講していたとき、先生が「台湾語がわかる人、手を挙げてください」と聞いた。100人以上は入るであろう大教室だったが、8割以上の学生が手を挙げたように記憶している。続いて、「台湾語がわかる、だけでなく、ちゃんと話せるという人は手を挙げてください」と聞くと、挙手する学生は一気に減った。手を挙げたのはおよそ2割程度の学生だった。

 恐らくこの学生たちはほとんど南部の出身だったと断言しても良いくらい南部では台湾語比率が高まる。言語はアイデンティティを形成するうえで最も重要な要素だ。台湾語比率が高いということは、自ずと台湾人意識が強いということになる。民進党が南部を除いて大敗したときなど、「南部だけで独立したらどうか」という意見を出す人がいたほどだ。

 しかし、そんな「本省人の牙城」ともいえる高雄でさえ、外省人の韓國瑜の健闘が続いている。戦況はまだ五分五分のようだが、バンドワゴン効果によって民進党の牙城が崩れる可能性は大いにある。仮にそうした結果が出た場合でも、日本人は「なぜ高雄で外省人が当選するのか」という疑問を持つのだろうか。たとえ選挙であっても、もはや台湾の若者たちにとっては、外省人や本省人などというくくりが候補者を選ぶ判断基準にはなりえないことを、日本から台湾へ関心を寄せる人たちも学ぶべきであろう。

早川友久(李登輝 元台湾総統 秘書)
1977年栃木県足利市生まれで現在、台湾台北市在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学卒業後は、金美齢事務所の秘書として活動。その後、台湾大学法律系(法学部)へ留学。台湾大学在学中に3度の李登輝訪日団スタッフを務めるなどして、メディア対応や撮影スタッフとして、李登輝チームの一員として活動。2012年より李登輝より指名を受け、李登輝総統事務所の秘書として働く。

  
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