公立中学が挑む教育改革

2018年11月29日

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多田慎介 (ただ・しんすけ)

ライター

1983年、石川県金沢市生まれ。大学中退後に求人広告代理店へアルバイト入社し、転職サイトなどを扱う法人営業職や営業マネジャー職を経験。編集プロダクション勤務を経て、2015年よりフリーランスとして活動。個人の働き方やキャリア形成、企業の採用コンテンツ、マーケティング手法などをテーマに取材・執筆を重ねている。著書に『「目的思考」で学びが変わる 千代田区立麹町中学校長・工藤勇一の挑戦』(ウェッジ)。

先生には話せなかった「特別な思い出」も

 SNSからトレンドを感じ取り、企画を立てる。慣れた手つきでパワーポイントの資料を作る。それぞれの得意領域を生かして準備を進め、直前にアドリブを差し込む柔軟さで自分たちの企画をプレゼンしていく。

「麺は箸で持ち上げたほうがおいしそうに写る」。日頃からSNSに親しんでいることで、無意識のうちに写真の撮り方もレベルアップしているという。麹町中ではプロのカメラマンを招いた撮影講座も実施している(※写真は「ラーメン田中九商店 平等院店」にて撮影したもの)

 こうした大人顔負けのスキルは、1年生の頃から培われてきたものだという。

「いろいろな教科で発表する場があり、自分の意見を考えて述べる機会が多いんです。1年生のときの『上級学校訪問』というイベントでもプレゼンの機会がありました」(加藤さん)

麹町中学での数々の発表経験が、確実に自分の力になっていると振り返る成田謙介さん

「2年生では従来のスキー合宿がなくなって、その代わりに、与えられたミッションに対してみんなでアイデアを出し合う『スキルアップ宿泊』というイベントが2泊3日で開かれました。あのときの経験も今回のプレゼンにつながっていますね」(成田さん)

「最初は『こんな修学旅行、嫌だ!』と思っていたんです(笑)。だって修学旅行だから。普通にみんなで楽しく旅行したいと思うじゃないですか。でも、こうした力が身につくと気づいた今は感謝しています」(鈴木さん)

 確かにそうだよな、と思う。話をしているとつい忘れがちになってしまうが、みんなはまだ中学生なのだ。ここまであからさまに修学旅行が勉強に結びついていると、文句の一つも口をついて出てくるだろう。

 しかし、目の前にいる中学生たちはちょっと違う。

「僕も『普通に修学旅行がしたいなぁ』と思っていたんですが、発表すること、人に伝えることがうまくなった自分を感じて、うれしかったです」(大野さん)

これからはプレゼン能力やコミュニケーション能力が評価される時代になると予測する前田頼斗さん

「これからは、ただ勉強ができる人より、人前でプレゼンする能力やコミュニケーション能力が高い人のほうが評価される時代になると思います。そんな力が身についているのは間違いないです。終わってみると、結果的にこの旅行は楽しかったんですよね」(前田さん)

 旅行が実施されたのは6月末だ。例年になく早い梅雨明けで、近畿地方は連日、真夏日に迫る猛暑。そんな中で5人は10カ所の観光スポットを巡っている。最終的に旅行企画に盛り込まれた場所以外にも、見に行かなければいけない候補はたくさんあった。

「暑くて、汗でびちょびちょになって、大変でした」(大野さん)

「伏見稲荷大社へ行った帰り、駅までの道に迷っちゃったんです。暑さでみんなイライラしていて、険悪なムードでした(笑)」(加藤さん)

 やがて清水寺へ着いた頃には、「もう疲れちゃった組」と「ちゃんと行きたい組」で意見が分かれてしまう。

最初は普通の修学旅行がいいと思っていたが、いまではこの仕組みに感謝していると語る鈴木菜月さん

「男子グループが『清水寺の上まで行くのは嫌だ』と言い出して、仕方がないから女子だけで行ったんですよ。本当は班の中で別行動をするのはNGなのに……。私たちが行っている間、男子たちはスターバックスで優雅に待っていたらしいです。『一緒に来いよ!』って、怒りがこみ上げてきました(笑)」(加藤さん)

「そのスターバックスは、古民家を改装した特別なお店でした。僕たちは僕たちで『これも和映えじゃん!』って盛り上がっていたんですけど」(成田さん)

「『別行動はNGだから早く戻らないと』と焦って、2人で上って、急いで戻って合流しました。ずっと5人で行動していたけど、あの清水寺だけは女子旅みたいで面白かったですね」(鈴木さん)

「確かに、ただ遊びに行くという心の持ち方だと、こんなに思い出にはなっていない気がします。プレゼンがあるからこそいろいろなネタを敏感に仕入れようとしたし、チームの中でも本気になれたし。こんな風に結果を残せて、本当によかったと思います」(加藤さん)

 あの日、先生には話せなかった5人だけの特別な思い出。そんな苦労も重ねてたどり着いたのがプレゼン大賞だったのだ。

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「目的思考」で学びが変わる
千代田区立麹町中学校長・工藤勇一の挑戦

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▼連載『公立中学が挑む教育改革』
第1回:「話を聞きなさい」なんて指導は本当は間違っている
第2回:対立は悪じゃない、無理に仲良くしなくたっていい
第3回:先生たちとはもう、校則の話をするのはやめよう
第4回:教育委員会の都合は最後に考えよう
第5回:着任4カ月で200の課題を洗い出した改革者の横顔
第6回:“常識破り”のトップが慣例重視の現場に与えた衝撃
第7回:親の言うことばかり聞く子どもには危機感を持ったほうがいい
第8回:保護者も学校を変えられる。麹町中の「もうひとつの改革」
第9回:社会に出たら、何もかも指示されるなんてことはない
第10回:人の心なんて教育できるものではない(木村泰子氏×工藤勇一氏)
第11回:「組織の中で我慢しなさい」という教育はもういらない(青野慶久氏×工藤勇一氏)
第12回:「定期テスト廃止」で成績が伸びる理由
第13回:麹町中学はなぜ、「固定担任制」を廃止したのか
第14回:修学旅行を変えたら、大人顔負けの「企画とプレゼン」が生まれた
第15回:「頑張る」じゃないんだよ。できるかできないか、はっきり言ってよ​
第16回:誰かと自分を比べる必要なんてない(澤円氏×工藤勇一氏)

多田慎介(ライター)
1983年、石川県金沢市生まれ。大学中退後に求人広告代理店へアルバイト入社し、転職サイトなどを扱う法人営業職や営業マネジャー職を経験。編集プロダクション勤務を経て、2015年よりフリーランスとして活動。個人の働き方やキャリア形成、企業の採用コンテンツ、マーケティング手法などをテーマに取材・執筆を重ねている。

  
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