足立倫行のプレミアムエッセイ

2018年11月22日

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(EvgeniyShkolenko/Gettyimages)

 11月初旬のアメリカの中間選挙は、上院は共和党が多数派を維持、下院は民主党が巻き返して制し、「ねじれ議会」となった。

 多くの若者が民主党に投票し、女性候補の健闘も民主党の下院議席増加に貢献したものの、大統領を弾劾するには上院の3分の2の賛成が必要なので、この結果ではトランプ大統領に退陣を迫ることはできない。

 つまり、アメリカの分断と迷走は今後もなお続くということである。

 気掛かりなのは従来の理念や価値観を否定するトランプ流の自国第一主義が、アメリカに止まらず世界各国に広がっている点だ。

 選挙を経た独裁的な政権誕生ではフィリピンやトルコが先行しており、EU(欧州連合)でも既定の移民・難民政策への不満からイギリスが離脱表明をしたし、ハンガリー、ポーランド、オーストリアなどで愛国的反EU政権が相次ぎ出現、今年3月にはイタリアでも極右系の連立政権が登場した。最近では、「ブラジルのトランプ」の異名を持つ差別主義者の元軍人がブラジル大統領に当選した。

 トランプ現象が波及したかのような、こうした世界的異変を、どう考えればいいのか?

 朝日新聞では中間選挙後、3回にわたってアメリカ在住の有識者にインタビューを行い、分析と論評を試みた(11月7日~9日)。

 そこで映画監督マイケル・ムーア、政治学者ヤシャ・モンク、社会学者アーリー・ホックシールドの3氏が共通して指摘したのは、冷戦後にポピュリズム(大衆迎合主義)が民主主義にとって代わってしまったこと。

 冷戦後、多くの西側諸国では経済成長が止まった。一方、生産と結びつかない金融資本主義の拡大と急速なグローバル化による製造業の移転などによって、一般市民の暮らしは以前より苦しくなった。そこへ、宗教も文化も異なる難民たちの大量流入である。

 人々はこれまで「きれいごと」を並べてきたエリートやメディアに背を向け始めた。

 このままでは「じり貧」。国家としても、国民としてもアイデンティティ(自分らしさ)が壊れてしまう、と危機感を感じたのだ。

 1930年代生まれのアメリカ人は7割が「民主主義社会は重要」と答えていたが、80年代生まれでは3割と激減。軍事政権を許容するアメリカ人が、95年の16人に1人から、11年に6人に1人へと急増した(モンク氏)のは、そういう土台があるからだ。決して、アメリカ中西部工業地帯(ラストベルト)の白人労働者の欲求不満だけではない。

 それでは、こうした地滑り的な民主主義の崩壊と台頭するポピュリズムは、世界史の中でどのように捉えたらいいのか?

 いろいろな本を読んでみたが、一番しっくりしたのは與那覇潤氏の『知性は死なない-平成の鬱をこえて』(文藝春秋)である。

 日本近現代史の専門家である與那覇氏は、4年前に躁うつ症(双極性障害)を発症し、闘病を経て知性の限界を感じた。

 本書はその再考した知性論を基盤にしているが、與那覇氏によれば、現在起こっているのは、「知性=言語」による普遍的な世界秩序、具体的にはアメリカやEUなどの言語(理念)に基づいた「帝国」に対する、世界規模での「身体」に根差した「民族」の反発なのだという。

 近代国家は、科学・進歩・平等・自由などの言語による理念に沿って結束しソ連やアメリカ、EUなどの「帝国」を形成してきた。だが人間は、言語以前に、「ここからここまでが“われわれ”の範囲だ」という「身体」的な実感に従って行動する帰属集団(民族)の一員でもある。

 そんな人間の「身体」感覚が、従来の理念中心の諸秩序に違和感を覚え始めたのだ。

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