WEDGE REPORT

2018年12月12日

»著者プロフィール
閉じる

秋元千明 (あきもと・ちあき)

英国王立防衛安全保障研究所アジア本部所長

早稲田大学卒業後、NHK入局。30年以上にわたり軍事・安全保障専門の国際記者、解説委員を務める。2012年から現職。著書に『アジア震撼』(NTT出版)、『戦略の地政学──ランドパワーVSシーパワー』(ウェッジ)など多数。

 米国のトランプ大統領が、冷戦時代に旧ソビエトと結んだ中距離核兵器(INF)全廃条約を破棄することを表明した。ロシアが条約を順守していないことを理由としているが、米国はかねてから地域型の核戦力の保有について関心を持っていた。一方、ロシアが新型のINFを開発しているのもほぼ間違いない。INFを再度保有したいという思惑は、実は米ロ双方にある。

プーチン大統領に米国のINF条約破棄の意思を伝えたボルトン大統領補佐官(右) (REUTERS/AFLO)

 1980年代、東側(旧ソビエト)が東欧に配備したINFに対抗するため、米国は急きょ、GLCM(地上発射巡航ミサイル)とパーシングⅡ弾道ミサイルを開発、西欧に配備した。米国はそれまでINFを保有しておらず、もし、東側がINFを使用すれば米国本土の戦略核(大陸間弾道ミサイル)を使うことになり、地域での核攻撃がいきなり地球規模の全面核戦争に発展しかねなかった。INFの配備は、米国にとって全面核戦争を防ぐためのものだったのである。

 ところが、90年代、東西冷戦が終わると、旧ソビエトは予想しなかった問題に次々と直面した。まず、連邦の構成国だったバルト海や黒海の沿岸諸国、中央アジア諸国が独立し、国家体制が崩壊した。その機に乗じてNATOが東欧に拡大し、かつての衛星国家が次々とNATOに加盟した。また、欧州以外のユーラシア地域ではイラン、インド、パキスタン、中国、北朝鮮が核兵器の開発に取り組み、結果として、ロシアは冷戦後、核で武装した国家にぐるりと取り囲まれることになったのである。これに対抗する手段としてロシアが関心を持ったのが、ロシアの周辺部を効果的に狙うことのできる地域限定の核兵器、つまりINFであったと思われる。

 2007年10月、モスクワで開かれた米ロ会談の際、プーチン大統領はINF条約について、「米ロ以外の国々にまで拡げない限り、ロシアが条約にとどまるのは難しい」と述べ、脱退する可能性を表明した。

 そして、ロシアは14年7月、地上発射型の巡航ミサイル「SSC−8」の発射実験を行ったのである。「SSC−8」は、ロシア名で「9M729」と呼ばれる車両搭載型の移動式ミサイルだ。ロシア海軍が配備している海洋発射巡航ミサイル「カリブル」を改良して開発され、射程は2000キロ以上と推定された。ほかにロシアが保有している「イスカンデルM弾道ミサイル」や、開発中の「RS−26ルベーシュ弾道ミサイル」もINF条約に抵触する可能性があると米国などは見ている。

 西側諸国がハイテクによる通常戦力の充実とミサイル防衛の配備によって、冷戦後の不安定な地域情勢や核の拡散に対応しようとしているのに対して、ロシアは地域型の核戦力を強化してこれに対抗しようとしているのである。

関連記事

新着記事

»もっと見る