立花聡の「世界ビジネス見聞録」

2018年11月28日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

庶民的感覚の逸脱と「制裁願望」

 要するに「庶民的な感覚」をどうしても重要視する日本人的価値観との隔たりが大きい。このような庶民的感覚はしばしば、ルサンチマンと呼ばれる側面もあろう。ただこれに関しては日本という農耕社会的な文化を背景とする価値観や世界観をも無視できない。「みんな」という言葉に価値を置き、「みんな」と違うことをする人間はやはり共同体から様々な制裁措置を受ける存在にならざるを得ない。

 この「制裁」とは必ずしも行動によるものとは限らない。より多くの場合は、「制裁願望」という形で「みんな」の心底に密かに芽生え、外部で一旦制裁可能な状況になったり、あるいは制裁の実施に付されたりする場合になれば、「みんな」は一斉に乗り出して「言論制裁」を発動するのである。

「制裁願望」をくすぐるのは無論メディアである。週刊誌や最近一部週刊誌化した報道機関も視聴率やなんとか率という商業目的で動き出す。誤解のないようにお願いしたい。私はこれらの現象を批判しているのではない。むしろあって当たり前だと言っているのだ。

 羽田空港に降り立ったゴーン容疑者を逮捕するシーンよりも、氏が乗ったとみられるプライベートジェット機の滑走シーンを長く映し出しているところ、何らかの暗示をかけていませんか。ほらほら、見て見て。こいつ、こんなに贅沢な生活を送っているのだ。それで数十億円もの高額所得をごまかしているのだ。そういうヤツなんだよ」。そこで庶民たちの「制裁願望」がより一層高揚する。

 ゴーン氏の海外不動産疑惑報道も同様な手法が見られる――。「日産の子会社に海外4か国で高級住宅などを購入させた疑いが出ています」と、ニュース番組は実際に現地の物件を映し出し、高級感を漂わせるところ、類似の暗示を仕掛けようとしているのではないか。海外不動産の一件、企業法務的な検証は、次のようなポイントを挙げられる――。

(1)海外不動産の登記簿上の所有名義は誰なのか?会社かゴーン氏個人か?

(2)日産の子会社という会社名義による購入なら、購入目的や用途・予算等を含めて購入の決裁にあたって会社定款等の規定に沿ったものであるかどうか?

(3)購入された物件の使用権(たとえば、役員社宅など)について、会社定款等の規定に沿ったものであるかどうか?

(4)不動産投資について、出資等の当事者間に何らかの信託契約は存在しているかどうか?・・・

 このようなポイントをまず理性的に洗い出し、一つひとつ検証していくのが筋だろう。しかし、庶民向けの番組ではこんなことを一々しゃべったら難解で仕方ない。視聴者がさっさとチャンネルを変えてしまうのがオチだ。すると、感性的な部分を情緒的にアピールするのがメディアであって、いつの間にかこのような情報がネット上にも溢れてしまうわけだ。

ルサンチマンに遡源する善悪観と富裕層叩きの復讐

 庶民の「制裁願望」は恐ろしい。フェイスブック上も賑わっている。こういう過激な投稿もあった――。「そりゃこいつらの財産を全て没収して庶民にバラまいて欲しい。高所得者の累進課税率を爆上げして合法的にぶんどれ」。このあたりにくると、極端なリベラル、あるいは共産主義者の出番になる。革命というのは基本的に、庶民のルサンチマンと「制裁願望」を源とする。

 ニーチェの「道徳の系譜学」で描かれたルサンチマンは、非暴力的な被抑圧者、いわゆる善人でありながらも、いざ革命という段に来れば、たちまちに豹変し、他人を攻撃するようになり、報復するようになり、そのときだけは復讐の神に自らなり、仇敵をギロチンにかけ、容赦なく命を奪っていくのである。

 中国の建国史も然り。地主や資本家という富裕層への庶民の「制裁願望」が革命の原動力となっていた。富裕層に「悪」というレッテルを張り付けたところ、社会は危険を孕む。そこまで発展しなくとも、実際の分配ルールを下手に変えた場合も深刻な結果を招来する。ITの時代、そしてグローバルの時代である今日において、日本の富裕層が資産を海外に移転させることはそんなに難しい話ではなかろう。ゴーン氏を塀の中に入れることができても、カネを塀の中に入れることはできまい。

 縷々と述べてきたが、私は決してゴーン氏を弁護しているわけではない。むしろ、罪を犯した場合はきちんと法の制裁を受けてもらうのが当然だと思っている。ただ庶民の「みんな」の「制裁願望」ではなく、確固たる証拠に基づき、正当な司法手続きを経ての制裁である。日本は法治国家である。

連載:立花聡の「世界ビジネス見聞録」

  
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