韓国の「読み方」

2018年12月4日

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

盧武鉉氏と取り組んだのは国内の労働争議

 文氏は司法修習を終えた1982年に地元の釜山で弁護士活動をしていた盧氏と出会い、共同事務所を運営することになった。文氏は、民主化を求める学生運動で検挙された前歴が問題視されて判事任用を拒否されていた。一方の盧氏は売れっ子の敏腕弁護士として活躍する一方、権威主義体制下の公安当局がでっちあげた事件の弁護引き受けを契機に人権問題への関心を強め始めていた時期だった。

 2人はその後、人権弁護士として労働争議を積極的に受任するようになる。一時は釜山周辺地域の労働争議を一手に引き受けるほどだったという。この経歴が、共同事務所で徴用工訴訟を手がけたという最初の勘違いにつながるのだろう。ただ、盧氏は1988年に国会議員となって以降、活動の場を政界へ移す。徴用工訴訟が始まったのは90年代以降のことなので、そもそも80年代に手がけるなどありえない話である。

 崔弁護士が指摘した三菱重工業を相手取った訴訟は、最高裁で原告勝訴が確定したうちの一つだ。訴状に名前を載せているのだから、「かかわった」というのはウソではない。「代理人の一人として訴状、準備書面、証拠資料を集め裁判所に提出した」というのも、弁護団としての活動だと強弁することは可能だ。どちらも「ウソではない」というレベルの話だといえる。ただし「熱心だ」と書いて大丈夫かとなると、かなり疑問である。

盧武鉉政権で日韓請求権協定の再検討には参加

 文氏は、盧武鉉政権だった2005年に行われた日韓請求権協定の効力を再検討した委員会に青瓦台(大統領府)の民情首席秘書官として参加した(韓国語で発音が同じ「民政首席」と誤記する日本メディアもあるが、正しくは「民情首席」)。

 委員会はこの時、慰安婦問題と在韓被爆者、サハリン残留韓国人という三つの問題については請求権協定で解決されていないものの、徴用工問題は協定の対象だったと考えざるをえないと結論づけた。日本との関係においては解決済みという整理になったことを受けて、韓国政府は元徴用工に対する追加補償を国内措置として実施した。文氏がこの経緯を知らないわけがない。

 実は、今回の最高裁判決は盧政権下での検討結果とは矛盾しない。盧政権は「未払い賃金」などの問題だととらえていたのに対し、最高裁判決は日本企業に支払いを命じるのは「未払い賃金ではなく慰謝料だ」と明言しているからである。韓国政府の見解を否定するわけにはいかないから持ち出された論理のように見えるもので、この点は大きな問題を秘めているのだが、この原稿では深追いしない。

 話を文氏に戻そう。文氏がこの間の経緯を知っていることは確実だろうが、この問題に強い関心を持ってきたかは疑問である。文氏が2011年に出版した自叙伝『文在寅の運命』(邦訳は『運命 文在寅自叙伝』、岩波書店)には、盧氏と一緒に釜山で人権弁護士として活動したエピソードや盧政権の青瓦台で取り組んだ課題などが詳しく紹介されているのだが、徴用工の話など1行も出てこないのである。

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