WEDGE REPORT

2011年8月29日

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 リビアの反カダフィ派が2011年8月23日、首都トリポリのカダフィ大佐の居住区兼軍事施設バーブ・アル・アジジヤを制圧したことで、42年に及ぶカダフィ政権は事実上崩壊した。2日後の8月25日には、これまで反カダフィ闘争を率いてきた「国民評議会」が本拠地を東部ベンガジからトリポリに移したことが明らかにされた。その後もトリポリの一部やリビア中央部のシルテ、南部のセブハなど依然カダフィ政権の支配下にある地域も多少残されてはいるものの、陥落は時間の問題と見られる。

寄り合い所帯の「国民評議会」

 当面、新生リビアを率いることになる「国民評議会」は、本年3月5日、カダフィ政権の打倒と民主的国家の樹立を目的に設立された組織である。同評議会には、8月8日に解散されるまで内閣に相当する14人で構成する執行評議会も置かれていた。しかし、その内閣は、7月28日、反カダフィ軍のユーニス参謀総長の暗殺事件に一部の閣僚も絡んでいた疑いがあるとしてムスタファ・ムハンマド・アブドゥル・ジャリル議長(59歳)により解散されてしまった。

 カダフィ政権攻略の山場を迎えた時期に内閣を解散せざるを得なかった辺りに、混成部隊である「国民評議会」の舵取りの難しさが出ている。実際、国民評議会の評議員は国内の異なる地域・部族の代表であり、思想・信条を見ても、西欧型民主主義を目指す人たちからアラブ的な社会主義を志向する勢力、或いは、イスラム原理主義を標榜する一団と様々である。さらに、国民評議会の指導層をカダフィ政権の離反組が務めていることも、長きに亘り反カダフィ運動を行ってきた人たちやリビア危機後、最前線で戦ってきた人たちの反発や猜疑心を生んでいる。これまでカダフィ大佐という共通の敵がいればこそまとまっていた面があるだけに、今後、一つのチームとしてまとまりを保てるのか懸念される。

中心人物は何れも硬骨漢

 こうした寄り合い所帯である国民評議会を何とか束ねてきたのが、大統領格のムスタファ・ムハンマド・アブドゥル・ジャリル議長である。実はジャリル議長自身、この2月中旬までカダフィ政権で法務相を務めていた。しかし、平和的なデモを過剰な暴力で取り締ったことに抗議して辞任して以降、反カダフィ派の取りまとめ役に転じ今日を迎えている。リビア大学卒業(アラビア語及びイスラム学専攻)後、東部のベイダ検察庁に勤務し、1978年に判事就任。2002年に控訴院長官に就任後、2007年に法相に就任するなど一貫して司法畑を歩いてきた。

 朴訥、公正無私で曲がったことが大嫌いな性格は今も変わっていない。こうした実直な人柄が様々な過去を持つ反カダフィ派の取りまとめにはうってつけと言われる。反面、多くの国民を惹きつけるカリスマ性やグローバル時代に相応しい国際性を欠くところが弱点とされる。

 国際舞台での役割を期待されて登用されているのが、首相格のマフムード・ジブリール(59歳)氏である。ジブリール氏は昨年の夏まで「国家経済開発理事会(NBAD)」委員長として、民主国家を目指す「リビア・ビジョン」プロジェクトの責任者の地位にあった。しかし、改革案が依然社会主義的な運営を好む守旧派にことごとく潰されたことに嫌気がさし、同職を毅然として辞した硬骨漢でもある。筆者も昨年5月、来日中の同氏にお目にかかる機会をいただいたが、一本筋の通った理論家との印象を受けた。因みに、ジブリール氏はピッツバーグ大学政治学修士号を取得後、「戦略計画・意思決定」で博士号を取得(1984年)し何冊かの専門書も持っている。

 国民評議会の主要メンバーで今ひとり紹介しておく必要のあるのが、8月8日の内閣解散まで財務・石油相を務めていたアリ・タルフーニ博士(60歳)である。

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