2024年4月25日(木)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2011年8月29日

 こうして老虎党の虐政を目の当たりにして堪忍袋の緒が切れた兎たちは団結して起ち上がり、退廃した夜総会(ナイトクラブ)で遊ぶ老虎党幹部を襲撃、怒りの牙は虎の首を引きちぎり、老虎党の旗も食い破られるのであった……。

 以上は全て絵本の中の話。これを読み終えた少年は「今年は本当に意義深い一年になりそうだ」とつぶやきながら、母親に呼ばれて餃子を包みに行くのであった……。

 この動画は僅か3分数十秒の中に現代中国の矛盾を見事に凝縮させ、筆者は余りの完成度の高さに思わず圧倒される思いであったが、それだけに当然の成り行きとしてこの動画は現在中国国内で見ることは出来ないようである。しかし少なくとも、このような動画が中国で制作され、しかも当初ネット上で強く支持されたことに鑑みて、現実の中国社会における共産党支配への不満がどれだけ強烈なものかを理解出来よう。

共産党体制の手堅い支持者はいったい誰か?

 とはいえ筆者は最近まで、中国における現状変革への願望とは裏腹に、ジャスミン革命的なネット革命の試みは恐らく成功しないだろうと見ていた。何故なら、単に社会の多数の人々が現状に不満を持っているのみで、何らかのかたちで組織化されなければ、結局のところ現状変革の動きには結びつかず、むしろ声に出して形にした瞬間いとも容易に弾圧・封殺されてしまうからである。

 そもそも、如何なる民主国家・独裁国家といえども、最終的にそれを成り立たせるのは社会の主流派による暗黙の了解である(主流派とは必ずしも多数派を意味しないことを注意して頂きたい)。たとえイデオロギーや経済的利益誘導の成せる技であるにせよ、ある国家・社会の政治・経済体制から利益を受けることが出来るという意味で主流派である人々は、個別の腐敗官僚や社会の矛盾に不満を覚えるとしても、自分自身も利益に与る政権のあり方そのものまで疑うことは余りない。逆に、もし現状の政治と社会を変える結果、自分自身の蒙る損失が大きくなると思うのであれば、彼らは政治体制と一致協力して変革を食い止めようとするだろう。経済・社会の発展と政治的保守化は必ずしも矛盾せず、結果としてその国家・社会には本質的な変化は訪れない。

 このことを中国に当てはめてみるとどうか。少なくとも今年の春頃までは、中国共産党は当面、経済発展の利益を最も享受し、社会的に発言力もある約2~3億人の中間層を自らの側に取り付けることに「成功」していた。まず共産党自身が1990年代の時点で、今後の中国共産党の生き残りのためには「労働者と農民の党」から「中国ナショナリズムの担い手の党・中国社会における先進的なものを代表する党」への脱皮を図らなければならないと意識し、大卒者・私営企業経営者などに対する入党工作を活発化させてきた。その結果、中国共産党8500万党員の相当部分が近代的なテクノクラートとなり、彼らを中心として家族・一族に利益が回った結果、相対的に洗練された生活様式や高い実務・技術力を持った社会的中間層が、同時に共産党体制の手堅い支持者であるという構図が出来上がった。

 このような状況の下では、少なくとも民主化運動は決して起こらないか、あるいは起こったとしても不発に終わる。たとえ不満の声は大きいとしても、まとまった力量とならず分断されており、知的な中間層が本気で取り上げるようにならなければ、それは社会的主流を構成することにはならない。共産党はこのことをよく理解しており、例えばNGO・NPOの設立に対しては従来消極的な態度を貫き、党・政府のコントロールから独立した社会団体が出現してやがて不満の受け皿として成長することを極端に嫌い取り締まっている。

 こうした状況から見えて来るのは、アジア諸国における経済発展・民主化から得られた知見を中国に応用することの難しさである。<後篇に続く>

◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信中国総局記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
※8月より、新たに以下の4名の執筆者に加わっていただきました。
森保裕氏(共同通信論説委員兼編集委員)、岡本隆司氏(京都府立大学准教授)
三宅康之氏(関西学院大学教授)、阿古智子氏(早稲田大学准教授)
◆更新 : 毎週月曜、水曜

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