立花聡の「世界ビジネス見聞録」

2018年12月11日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

 アジアの少々カオスな街には共通点がある。進出する日系企業が増えると、日本人駐在員も増える。日本人駐在員が増えると、日本人向けのいわゆる水商売も連動して増える。そしてついに日本人キャバ嬢がいるキャバクラまで出現するというような因果律が存在するようだ。

ベトナムのハノイにオープンした日本人キャバクラ「クラシックス」(写真:筆者提供)

ハノイの夜と日本人キャバクラ

 ベトナムといえば、ホーチミン。夜のホーチミンはやはり、「サイゴン」という名が相応しい。一方で、それと比べて首都ハノイのほうが幾分上品さが漂い、どうも「夜」というカオスなイメージでは、ホーチミンに負けているようにも思える。そんなハノイに、なんと日本人キャバクラができたと聞いたとき、いささか驚いた。

 ハノイ市内の繁華街キンマーに近い閑静な住宅街にある高級コンドミニアム「ランカスター」。その2階にあるのは、日本人キャバクラ「クラシックス」(Classics)。キャバクラの名が付いているものの、装飾がやや派手なだけで全体的に落ちいた雰囲気でラウンジといったほうが適切ではないかと思う。

 今年(2018年)7月にオープンした同店は日本人キャストとベトナム人キャストが混在している構成だ。上手下手の差はあるものの、ベトナム人キャストは基本的に日本語ができる。実際にサービスに当たる際、通常は日本人キャストとコンビを組ませ、日本式の「OJT」を実施しているという。

 支配人の畠山氏に取材を申し込むと、すぐに快諾してくれた。営業時間前に入店し畠山氏と雑談を始める。

 どんな客が来ているかというと、日本人9割、韓国人その他1割という構成だ。そもそも日本人キャバクラがアジアのどこの街に行っても共通しているのは、現地在住の日本人駐在員や出張者がメイン客であることだ。外国人キャストやホステスの場合、どんなに達者な日本語を話せてもやはり、日本人同士にしか伝わらない「阿吽の呼吸」が難しい。そこで日本人キャストが本領を発揮するわけだ。

上海の日本人キャバクラはなぜ消えたか?

 遡って約13年前の上海。確かに2005年あたりだったと思うが、まさに中国ビジネスが佳境に入ろうとした頃、上海にも日本人キャバクラができたのだった。それが最初の1店から最盛期の2007年にかけて私が知る限り、3~4店まで増え、繁栄を極めた。

 当時の中国は今のベトナムに似て日本企業はいけいけどんどんで絶好調だった。進出企業が増え、日本人駐在員数も増えていた時期だった。接待費予算をたっぷりもつ日本人駐在員が連日店に殺到し、売れっ子日本人キャストの奪い合い合戦にまで発展する光景も決して珍しくなかった。

 しかし、上海の日本人キャバクラの好況はそう長く続かなかった。1店舗が消え、また1店舗が消えていく。わずか5年という短い期間で2010年を境に、上海から日本人キャバクラはすべて姿を消したのだった。

 2008年に中国の労働契約法が実施されたこともあって、人件費コストの増加が日系企業の主要経営課題に上り、安い賃金を看板とする「世界の工場」に翳りが見え始めた頃でもあった。言ってみれば日系企業も従来のように景気よく大盤振る舞いすることができなくなったのである。

 企業接待費の削減によって飲み屋で自腹を切って飲むとなれば、どんな人でも財布と相談しなければならない。そんな日本人客がチビチビ飲むようになったり、店に足を運ぶ頻度を落としたりすると、店の経営は大きなダメージを受ける。特に日本人キャストの人件費が経営を圧迫し、とうとう限界に達した時点で店を潰すよりほかない。日本人キャバクラに限って言えば、例外がない。

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