前向きに読み解く経済の裏側

2018年12月17日

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塚崎公義 (つかさき きみよし)

久留米大学商学部教授

1981年、東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。主に調査関連部署に勤務した後、2005年に銀行を退行して久留米大学へ。著書に『増補改訂 よくわかる日本経済入門』(朝日新書)、『老後破産しないためのお金の教科書』(東洋経済新報社)、『世界でいちばんやさしくて役立つ経済の教科書』(宝島社)、『なんだ、そうなのか! 経済入門』(日本経済新聞出版社)など多数。

機会費用:他の選択肢がさらに良いかも……

 経済学が教える「機会費用」という考え方も重要だ。「他の選択をしていたら、どんな利益があっただろうか」を考えて、現在の選択肢の利益と比べてみる、ということである。

 昼寝にはコストがかからないが、昼寝をせずにアルバイトをすれば金が稼げる。つまり、昼寝をするか否かを考える際には、「アルバイトをすれば金が稼げるが、それを棒に振っても昼寝がしたいのか否か」を考える必要がある、ということだ。

 零細商店が僅かな利益しか稼いでいないとしたら、店を閉めて店番をしている夫婦が働きに出た場合の収入を計算してみよう。その方が利益が大きいなら、特別な事情がない限りはそうすべきだろう。

 さて、失恋で落ち込んでいる君についても、機会費用の考え方は重要だ。仮に君が「落ち込んでいても、それほど不幸ではないから放っておいて欲しい」「恋が戻ったらどれほど素敵だろうと夢見ているだけだから、放っておいて欲しい」と考えていたとしたら、自分に聞いてみると良い。

 「落ち込んでいないで、夢見ていないで、新しい恋を探しに出かけたり、美味しいものを食べに行ったりしたら、どれくらい幸せだろうか」と。それが落ち込んでいることの機会費用だ。

 「落ち込んでいること自体はたいして不幸ではないが、新しい恋を探しに行けば幸せになれるかもしれないチャンスがある。それを捨ててまで落ち込んでいるとしたら、大きな損失だ」という気がしてきただろう。

 もしかすると、上記のように相手と過ごした幸せだった瞬間を思い出して幸せな気分になっているとしても、新しい恋を見つける方がさらに幸せになれるかもしれない。そうだとすれば、やはり相手と過ごした時間を忘れて未来志向で行動を起こすべきなのかもしれない。

 高齢者が若かった頃の失恋を思い出して落ち込んだとしても、機会費用は小さいのであろうが、若い時は機会費用が大きいのだから、それを考慮に入れた上で、落ち込み続けるか否かを決めることが重要だ。

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