2024年4月19日(金)

トランプを読み解く

2018年12月26日

選択と集中、全体最適と局所最適

 いよいよ2つ目の論点に入りたい。

 シリアからの米軍撤退。トランプ氏の長年の公約だった。多くの人、特にエリート層が驚いた。トランプ氏は「私が長年主張してきたことで、驚くことではない」とツイートした。「ISの敵はロシアやシリア、イランなどだ」と指摘した上で、「アメリカはこれらの国々のためにコストを負担してきた。米国民の生命を犠牲にし、何兆という巨額の金を払いながらも、感謝されたことはほぼない。見返りのないまま中東での警察官の役割を続けたいだろうか」と訴えた。トランプ氏の論理からすれば、この発言は紛れもなく彼の真意だった。

 メディアや識者、いわゆる理性的なエリート層は反論する。その論点は主に2つある――。1つは、「IS戦闘員は現在も一部残っているため、復活するかもしれない」。もう1つは、「米軍撤退でロシアとイランが現地で影響力を強めるかもしれない」。これらはすべて理性に基づく合理的な推論である。にもかかわらず、トランプ氏は一蹴した。

 経営者的な目線からすると、「ISは果たして物理的に完全撲滅することは可能か?」「全滅のベンチマークとは何か?」「全滅させるにはあとどのくらいの時間とコストがかかるのか?」「もしISが全滅しなかったらどうするか?」「仮にISが全滅したとしても、ロシアとイランの勢力拡張を抑止することができるのか、またそれはどのくらいの時間とコストがかかるのか?」。この一連の問いに回答することが不可能だ。すると、経営者ならば、総括して1つの質問に集約するだろう。それは、「シリア撤退によってどんな不利益があるか」である。

 そもそも論になるが、これからの中東は米国にとってどのような意味をもつのだろうか。かつての米国にとって極めて重要度の高かった中東だが、米国発のシェール革命で一挙にその戦略的意義が失われた。そこで米国が中東から手を引いた後に、中東が仮に群雄割拠の時代に突入したとしても、即座に米国に大きな危険が及ぶことはない。逆に中東に居残ったほうがコストもかかるし、リスクも高いといえる。

 米国が中東との関係を切れば、むしろISあるいは別の形でイスラム教に絡んだテロリストとの敵対関係は薄れ、少なくとも米本土がテロ襲撃を受ける確率も減少するだろうと、トランプ氏はそう読んでいたのではないか。

 それよりも、いま米国にとっての主たる敵は中国である。中東での投入を削減し、リソースを対中決戦にシフトすることは、まさに「選択と集中」の原則にも合致する。経営者としての考え方ではあるが。

 はっきり言えば、「米兵の命と莫大なコストをかけて、これから何年頑張っても確固たる勝利の目処が立たないシリアで戦う」か、それとも「1~2年で、少々の経済的影響で巨大パワー中国を完敗させる」か、このような選択肢に直面するトランプ氏は、経営者的な決断を下したのである――。「原油の中東」、その存在意義が薄れた。正直どうでもいいのだ。それよりも主たる敵の中国潰しに資源を集中投下する。

 少々乱暴ではあるが、財務的に言えば、中東での投入は物理的な戦場があっての固定費である。これに対して、対中貿易戦争はバーチャル戦場故の変動費なのである。長期にわたる固定費負担よりも中期的な変動費がはるかに経営上の健全性を有しているからだ。さらに何よりも一番大切なことは、後者の貿易戦争は基本的に命にかかわるものではないことだ。

 エリートたちの中東地域についての分析は正しいと思われる。ただトランプ氏はこれを「局所最適」と捉えていたのかもしれない。全体最適と局所最適のバランスが大切だが、トランプ氏は最終的に躊躇なく全体最適の選択肢を取ったのではないかと、そう思えてならない。

 最後に触れておきたいのはマティス国防長官。彼は実に優秀な軍人だ。軍人は友軍や戦友を見捨てて戦場を去るわけにはいかない。使命感と仁義は「理」と「情」の結合であるのに対して、トランプ氏は徹底的な合理性という「理」と「利」に価値を置いた。軍人と政治家、そして経営者、という異なる世界の狭間で苦渋の決断を迫られた彼の姿には、宿命的なものがあった。マティス氏がトランプ政権から去ることは誠に残念だ。

 米中関係にあたってマティス氏はバランサー役、ときにはブレーキ役を引き受けてきた。彼が去ったことによって、トランプ政権の対中姿勢がより強硬になる可能性が高まった。さらに中東から引き揚げられた資源は、米中貿易戦争に集中投下されると、一番困る人は習近平氏にほかならない。

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