チャイナ・ウォッチャーの視点

2011年9月12日

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阿古智子 (あこ・ともこ)

東京大学総合文化研究科准教授

1971年、大阪府生まれ。香港大学大学院博士課程修了。在中国日本大使館専門調査員、学習院女子大学准教授、早稲田大学国際教養学部准教授などを経て、2013年から現職。専門は現代中国論。著書に『貧者を喰らう国 中国格差社会からの警告』(新潮社)がある。

 8月25日から31日まで、雲南省宣威市の農村を訪問した。昨年5月に出産し、その前後は遠方まで調査に行くのは控えていたため、今回はほぼ2年ぶりの農村調査だ。私は大学院で途上国の貧困問題を勉強し始めたが、それ以来、中国の農村を対象に調査を続けている。ここ最近は農村から都市への出稼ぎ労働の実態や農村におけるソーシャル・キャピタル(社会関係資本:人と人とのつながりを社会の効率を上げるための資本ととらえる)が主な研究テーマである。

高齢者の自殺、隣人トラブルが多発する農村

 私は中国で調査をする際、大抵、中国人の研究者やジャーナリストの調査や取材に同行する形で現地に入るようにしている。外国人が中国で調査を行う際、地元の政府機関などを通してアレンジすると差しさわりのない内容しか紹介してもらえないことが多いからだ。今回は父方の故郷に帰省する友人・張さんに便乗させてもらった。

 張さんの父が生まれ育った村は苗字が「張」の家族がほとんどを占め、何かあれば親戚同士で助け合うことが多いという。ここ8年ほど私が毎年のように調査してきた湖北省沙洋県の村では、家族文化が衰退し、都市で出稼ぎする子どもに見捨てられた高齢者の自殺や、土地の貸し借りや水利に関する隣人トラブルが多発していた。雲南省の「張村」は平均年収が約3000元と湖北省沙洋県の村より少し低い水準だが、果たしてどのような特徴があるのだろうか。中国社会の変容をとらえるなかで、張村で観察したことはどのような意味を持つのだろうか。旅を振り返りながら考えてみたい(注:プライバシー保護のため人名はすべて仮名。訪問した村は「張村」、私の友人は「張さん」である)。

中国では“助け合う”のが当たり前

筆者が調査した張村の全景

 張さんの母方の親戚であり同級生でもある蘇暁原は、国家税務局の某県事務所の幹部である。今回、蘇暁原が公用車で村まで送ってくれるという。近年中国では車で遠出することが流行っている。蘇暁原にしてみれば、「親戚を送迎するのは当たり前だ。久しぶりに会うのだから楽しく一緒にドライブしよう」といった感覚だ。しかしこの車は税務局の公用車である。蘇暁原専用の車なので誰からもとがめられることはないのだが。

 張さんは蘇暁原の娘に就職祝いにブランド物の時計を買ってやった。娘は公務員試験では一番だったがコネの力で足りず、国税部門には入れなかったが、地税部門にはなんとか就職できた。中国では就職活動でも当たり前のようにコネが活用される。蘇暁原は地元でしか買えない工場直送の月餅、60個入りを4箱も用意してくれていた。こんな風に親戚や友人同士、助け合うのは中国では当たり前である。遠慮せずにもらうものはもらう。またそれを何かの形で返せばよい。私は張さんの人間関係による恩恵を受けているわけだが、それを誰にどのように返すべきか。中国で人に世話になる時にはこのようなことばかり考えさせられる。中国文化は礼を送ったり返したりで人間関係が成り立つ。悪くいえば賄賂の授受になるが、日常生活を潤滑に行うために避けられないところもある。

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