2024年4月25日(木)

ジェンダー観をアップデートする

2018年12月28日

読者からの手紙「夫は小説を読むなといいます」

――フィクションがノンフィクションより真実に近づくことがあると思っています。それは個の真実ではなく、普遍的な真実の抽出だからなのだなと思います。

 性暴力の被害者に対する世の中の偏見はまだ強くて、たとえば「本当に被害にあったのなら仕事を続けられるわけがない」とか「笑って外に出られるわけがない」とか「加害者と連絡を取るわけがない」とか。被害に遭って、どのような反応が出るかはその人によって違い、いろんな被害者がいるのに、否定される。実態を知らない人から否定されます。ぼんやりした感想で申し訳ないのですが、性暴力の被害者とか、自分の知らないことに対する想像力が、どうしてこんなに人によって違うんだろうって思ったときに、一つ思い浮かんだのが「小説を読んだことのない人」「小説の読み方を知らない人」って想像力がないんじゃないのかなということでした。

姫野:文芸編集部の編集長でも約1名わからない人がいますからね……(笑)。読者の方からお手紙をいただいたことがあります。「私は姫野さんの本が好きです。姫野さんの本が好きでずっと読んできました。でも夫は小説を読むなといいます。読書をするのはいいけれど、もっと役に立つ本、実用書を読みなさいといいます。夫がいい顔をしないので、隠れて姫野さんの本を読んでいます」って。

――腹が立つ。

姫野:そういえば私が大学に入ったときも、教授が「大学時代は時間がたくさんあるから、本をたくさん読むように。でも本って言ったって、角川書店から出てる本じゃないよ。岩波文庫を片っ端から読みなさい」って。角川って当時、ミステリーを大キャンペーンする宣伝方法をとっていたのです。小説を、暇つぶしで読む意味のないものだと思っている人、昔はよくいましたよ。その傾向は未だにあるのではないでしょうか。小説やドラマには意味がないと思っている人、今でもいると思う。

人の機微を知らない人生のほうが「効率はいい」?

――「女子ども」のものだ、というような?

姫野:人が生きている時間には限りがあり、人の機微を経験する機会も限られています。一人の人の人生、毎日忙しくて、そんなに「機微」のことを考えながら生きられない。ドラマや小説、フィクションの中では自分が体験できないことを仮想体験できる機会。それこそ忖度してみるということですよね。相手はどうなんだろうって、気を遣うってことではなくて、視野を広げて、見直してみる。その機会を捨ててしまうのは残念というか……。

――もったいないです。

姫野:そのほうがいいのかもしれないね……。

――えっ。

姫野:そのほうが、効率はいいのかもしれない。

――ああ、「生産的」な社会にとっては効率がいいのかもしれません……。私の周囲では『彼女は頭が悪いから』について、「つらくて読みたくないけれど読まなければいけない」と言いながら読んでいる人が多かったです。単純に寝っ転がって読むとか、そういう感じではありませんでした。いや別に寝っ転がって読んでもいいと思うのですが、挑み方として、「おいしいものを食べたい!」みたいに読んでいるわけではなかった。誰かの痛みや苦しさを、せめて小説の中で知るために読もう、と思っている人が多かったように思います。

姫野:寝っ転がって煎餅を食べながら読んでくださってもちろん結構です。ただ、だんだんそんな気持ちで読んでいられなくなってくると思う。嫌な気持ちになるから。女性作家で感想をくださった方がいます。「忘れたかったことを思い出してしまって、本当に悲しかった。ないがしろにされた経験を思い出してすごくつらかったけど、ラストに救われたし、自分の場合もそうだったかもしれない」と。

文藝春秋担当者:喋りたい方が多いですね。取材にいらした方も、たくさん喋りたいことがある。そして取材が長くなる……(笑)。

姫野:取材にきてくださった方は、みなさん圧倒されるほどお話しになる。


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