世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年1月10日

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 スリランカでは10月26日にシリセーナ大統領が突如としてウィクラマシンハ首相を解任しラージャパクサ前大統領を首相に任命、さらに10月27日には議会の11月16日までの一時停止を決定し、深刻な政治危機が出来した。この危機は、12月16日にウィクラマシンハが復帰する形で、ひとまず収束した。この間の経緯の概要を紹介する。

(Joshelerry/victorn/Harvepino/iStock)

 まず、シリセーナ大統領の決定に対し、議会側は、ジャヤスリア議会議長がラージャパクサの首相就任を認めない旨、宣言した。スリランカの憲法では、大統領に首相の任命権はあるが罷免権はないためである。この規定は、ラージャパクサが大統領時代に権力を乱用したことへの反省から、2015年の憲法改正で定められたものである。この結果、2人の首相が並立する異常事態となった。シリセーナ大統領は2018年11月9日に、議会解散と翌年1月5日の選挙実施を宣言した。これに対し、ウィクラマシンハ氏が率いる統一国民党(UNP)などは11月12日、大統領による議会解散、ウィクラマシンハ氏の首相解任が違法で無効であることの確認を求め最高裁に提訴、受理された。11月14日には、議会はラージャパクサへの不信任案を可決した。スリランカの裁判所は12月3日、ラージャパクサの首相権限を差し止める命令を下し、12月13日に最高裁はシリセーナ大統領の議会解散を違法とする判断を示した。これを受け、ラージャパクサは首相を辞任し、12月16日にウィクラマシンハは正式に首相に復帰することとなった。

 スリランカは、インド洋において地政学的に重要な位置にある。いわゆる「真珠の首飾り」の一環であり、中国がインドを包囲し、インド洋で優位を握るための拠点となり得る。ラージャパクサ政権時代、スリランカ南部のハンバントタ港の建設が着工されたが、その資金の大半を中国からの融資で賄った結果、債務の膨張により、2017年7月には、スリランカは中国側に同港の管理権を99年間貸与する結果となった。これは、「自由で開かれたインド太平洋」を是とする自由主義陣営にとり戦略的脅威である。インド洋の要所において、中国が深海港を管理するということは、潜水艦を含む中国海軍が自由に港に停泊が可能になり、さらには他国の艦船の寄港等も拒否し得るようになるからである。

 今回のスリランカの政治的危機は、そうしたスリランカの戦略的重要性に鑑み、中国を利することになるのではないかという、強い懸念をもたらしていた。それが、三権分立の民主的制度の枠内で流血を見ることなく、ひとまず収束したことは、「自由で開かれたインド太平洋」を標榜する、日本を含む自由主義陣営とって歓迎すべきことである。もちろん、まだ安心できる状況にはない。

 シリセーナ大統領は元来、ラージャパクサの強権政治と対中傾斜を批判して、2015年の大統領選挙で現職のラージャパクサを破って当選した人物である。それが何故今回の政治危機を引き起こすに至ったかについては、中国の工作が原因である可能性がある。昨年7月、中国政府からスリランカ政府に対し、20 億元(約2億9000万ドル)の無償資金が提供され、シリセーナ大統領が個人的に受け取ったという噂がある。それが今回の政変劇につながった可能性は否定できない。今後とも、中国がスリランカに対し陰に陽に種々の工作を仕掛け、取り込みを図ることは、十分に予測されることである。

 ただ、不安材料は多くあるものの、今回の件は、民主主義、法の支配が機能することが、中国に対抗する上で重要であるという教訓も与えていると思われる。「自由で開かれたインド太平洋」を推進する上で、民主主義、法の支配の促進は不可欠の要素である。

  
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