野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2019年1月9日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

立候補資格を取り消された「奇妙な理由」

野嶋:雨傘運動で活躍した人たちは民衆の人気もあるので、立候補したら当選してしまう。だから、いろいろ理由をつけて立候補自体をさせない、政治参加の権利を奪ってしまう手法を最近の香港政府は採用している。周さんも昨年、立法会議員の補欠選挙の立候補が「DQ(=disqualify:香港の流行語で『失格』の意味)」となりましたね。

周:私はいまこのDQを不服として裁判所に司法審査を申し立てています。今年6月ごろに結論が出るようです。私のDQは非常に奇妙なものでした。私はデモシストのメンバーであるから認められない、という理由だけなのです。DQの理由のなかに、周庭がなになにをしたから、立候補資格がない、という言及は一切ありません。私は、司法審査申し立てを通して、香港の裁判官がこの件をどのように説明するのか、その言葉を直に聞いてみたいと思っています。それで、香港の司法がまだ機能しているのかどうかわかると思います。

香港議会補欠選挙の出馬無効に抗議する周庭さん・2018年1月27日(写真:ZUMA Press/アフロ)

野嶋:いま雨傘運動後の「政治的な清算」が香港では起きており、雨傘運動のリーダーや呼びかけ人が9人起訴され、今年裁判があります。周さんも逮捕歴がありますし、今後もそうならないとは限りません。怖いと感じたことはありませんか。

周:2017年にデモシストの仲間が実刑判決を受けて刑務所に入りました。香港では3ヶ月以上禁錮になると5年間の立候補資格を失います。そのとき、私は自分が補欠選挙に出馬しないとならない可能性を意識しました。政治に参加するほどリスクは高まります。もちろん逮捕されるのは嫌ですが、私だけの身の上に起きることではなく、誰もが同じ経験をしています。怖いけれど、私ひとりではないのです。

 社会運動に参加して6年になりますが、こういう位置に私がいまいることに対する責任もあります。親中派の支持者たちに「有名になりたいからやっているんだろう」と悪口を言われたりもしますが、知名度が上がった分の責任があります。いま、中国政府や香港政府がやっていることはおかしい。香港の民主は脅かされていて、立法会議員選挙も、行政長官選挙も、民主的な制度で実施されていません。私も、香港の民主を守るために背負わなくてはならないこともあると思っています。

社会運動に関わったきっかけ

野嶋:周さんは雨傘運動などを通して「女神」などとも呼ばれていましたが、社会運動家のタイプにはまったく見えませんね。

(筆者撮影)

周:日本のメディアではいつもその名前が大きく見出しに取られてしまいますね。そんな大した存在ではないと思いますが、見出しは私にもどうすることもできないので……。少し恥ずかしいです。高校まで私は学校に友人もいなく、クラスで孤立し、ひどい学校生活を送っていました。もともと一人でいるのが好きで、取材のときは別ですが、他人との会話も苦手で、自分の正直な考えを語ることも抵抗感があります。女子校だったので根も葉も無い噂話、フェイクニュースを流されて、浮きまくっていました。5年間ぐらい学校で孤独に一人だけで過ごしました。誰も話しかけてくれなかったし、私も黙っていました。だからいまでも女子との会話は苦手です。あまり興味がなくて彼氏は作ったことはありませんが、話すだけなら、男子の方がリラックスできる。学校という場所は、昔の嫌なことを思い出しちゃうので好きではありません。

野嶋:そんな周さんがなぜ運動に関わったのでしょうか。

周:高校一年のとき、ネットで「学民思潮」(中高生のグループで愛国教育に反対運動を展開した)のページをたまたま開くと、私と同じ世代の若者たちがデモに参加していて衝撃を受けました。私は、アニメに夢中で学校の勉強しかしてないのにと恥ずかしくなりました。私は一人っ子で両親からすればまったく予想外のことだったと思います。両親にデモの参加を打ち明けて、2時間かけて説得しました。両親はとても心配していましたが、矛盾した気持ちだったと思います。彼らは選挙では民主派に投票しますが、娘には運動に入ってほしくないからです。父など、私が参加する集会に来て遠くから見守って、夜の11時ごろに終わると一緒に家に帰ることがあります。でも立法会の補欠選挙に立候補したいと相談したら、その時はわりとスムーズに支持してくれました。私の6年間の政治活動を見てくれたからだと思います。

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