日本人秘書が明かす李登輝元総統の知られざる素顔

2019年1月11日

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早川友久 (はやかわ・ともひさ)

李登輝 元台湾総統 秘書

1977年栃木県足利市生まれで現在、台湾台北市在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学卒業後は、金美齢事務所の秘書として活動。その後、台湾大学法律系(法学部)へ留学。台湾大学在学中に3度の李登輝訪日団スタッフを務めるなどして、メディア対応や撮影スタッフとして、李登輝チームの一員として活動。2012年より李登輝より指名を受け、李登輝総統事務所の秘書として働く。

李登輝が考える「日本」と「中国」の違い

 そんな、武士道にも精通した李登輝がよく話してくれるエピソードがある。

 日本統治時代、李登輝の家庭は「国語家庭」であった。すなわち、日本語を家庭内でも常用する「模範家庭」というわけだ。

 とはいえ、台湾人である以上、日本語だけでなく台湾語も身に着けなければならないと両親は考えた。そこで、公学校(当時、台湾人の子弟が通った小学校のこと)中学年くらいになると、近所の廟で開かれていた寺子屋のようなところへ台湾語を習いに行かされた。その台湾語の教科書が『論語』だったというのだ。そして、日本人の精神性と最も対照的な例が中国の『論語』だと李登輝は言う。

 李登輝がいつも引用するのは「先進」第11之12だ。「未知生、焉知死(未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん)」。解釈には複数の説があるが、李登輝はごくシンプルに「まだ生について十分に理解していないのに、どうして死を理解できるだろうか」と解釈する。ここに日本人と中国人の精神の決定的な差があるという。

 日本人は「死」を大前提として、限りある生のなかで如何にして自分はこの生を意義のあるものにしていくか、はたまたどれだけ公のために尽くすことが出来るか、という「死」を重んじた精神性を有している。

 一方で、中国人の精神性は「まだ生について理解できていないのになぜ死を理解できるか」と正反対だ。そのため生を理解するために生を謳歌しよう、という発想が出てくる。「死」という限られたゴールがあるのであれば、それまでにめいっぱい生を堪能しようという考え方だ。

 こうした論語的な発想があるからこそ、中国では「いまが良ければそれでよい」「自分あるいは家族が良ければそれでよい」という自己中心的な価値観や拝金主義がはびこる原因になったのではないかと李登輝は考えている。「死」を前提とし、「いかにして公のために」という日本人的な発想とは根本的に異なるというのだ。

 李登輝に言わせれば『武士道』に描かれた精神、つまり「武士道とは死ぬことと見つけたり(葉隠)」という言葉こそ、日本人の精神性を最も表したものだという。日本人とくに武士にとっては「死」が日常生活と隣り合わせであり、常に死を意識しながらの生活であった。その「死」が念頭にある生活のなかで、いかにして人間は生の意義を最大限に発揮していくのか、それが日本人の精神性に大きく影響していると喝破する。

 言い換えれば「公」と「私」という概念といっても良いだろう。私から見れば、李登輝はまもなく96歳になる今でも、いかにして台湾のために尽くすか、日台関係のために何が出来るか、という「公」のことを毎日考えている政治家だといえる。

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